第15話

 ふゎふわり。ふゎふわり。翌朝には雪が降った。氷点下では雪の結晶がそのままの形で舞っている。空気はぎゅっと引き締まり凜としたその冷たさは昨日の永久凍土をしのぐほどだった。


 ゆらり。ふらり。少女は両手にさげた保温ゲージを揺らしつつ、自分も揺れながら歩いていた。昨夜はほとんど眠れなかった。宿に戻ると空き瓶と歯形のついた大根をテーブルに残し、二人とも寝てしまっていた。なので一晩中、少女は誰とも交代することなく、一人で赤ん坊の世話をしていたのである。


 うつら。うつら。「我慢しないで寝なっ!」きつく優しい言葉だった。


 グーグー。スースー。少し眠ると元気が戻ってきた。



「いいかい。なんでここでカラオケが許されてると思う? 生きるすべさ。ストレスを貯めないためだよ。でも寝不足だけは寝なきゃどうしようもない。自分で管理するしかないんだ。子供は預かってはやれないけど、眠くなったらここで眠るんだよ」

 すっきりきっぱり、ギルドの婦人部をとり纏める女性はそう言った。



 外にでると雪はまだ降っていて、鎧にくっついた結晶はその形を保ったままで降り積もっていく。


「やはり地下空間の人間は寒さへの心構えがなっていません」

 黒いシルクハットをかぶった男が声を掛けてきた。


「? ……Pちゃん」

「失礼しました。永久凍土でも無防備すぎると思っていたので、ついわずがたりになってしまいました」

「どうしたの、その怪しいマントマンみたいな格好」

「いやこれしか貸衣装がなかったんです。むにゃむにゃむにゃむにゃ。はいっ!」

 Pちゃんが呪文を唱えると、持っていたステッキが花柄の傘になった。


「ほう~」

「いくら重ね着していても、長時間、素肌を晒す部分は危険なんです。最悪の場合、凍傷になる」

 二人とも、一応は中世ヨーロッパ風の衣装ではあるのだが、どうにもちぐはぐだ。


「昨夜はバルーンまで美味しいパンとジャムをありがとうございました」

「新種のベリーで作ったジャムだって。ギルドの互助会の人は親切なんだよ。テストだから無料でいいって」

「新種のベリー? ……若干、人体実験の匂いもしますが味は最高でした」

 ちぐはぐな二人が並んで歩く。


「教授の実験の手伝いに?」

「そのつもりでしたが、二日酔いだそうで……実験は明日からだそうです」

「しょうがないねぇ」

 そう言いながら、少女の目が離れ地にぽつんとある露天にしばし止まった。


「? ……なにかプレゼントしましょうか?」

「ほんと!?」

「昨夜のお礼です」

「お金はあるの!?」

「そりゃ一応ね。なにがあるかわかりませんし。ただし、ピアスや腕輪は永久凍土や寒い夜に身につけると凍傷になりますから気を付けてください」

「大丈夫。赤いのっぺりした胸板が気になるから……このターコイズのネックレス」

「かしこまりました」

 

「毎度あり~」

 買い物が済むと、現金な店主の威勢のいい声が響いた。


「どこかに鏡はないかな?」

 少女は落ち着きなく周囲を見まわした。


「大丈夫です。ネックレスは逃げたりはしませんよ。宿屋でゆっくり眺めればいい。それより、ついでにこれを」

 Pちゃんは少女の腰の辺りにリフレクター(反射板)を括り付けた。


「奇妙なアクセサリーだね」

「フィンランドに伝わる古いまじないです。これを付けていれば暗くても自動車のヘッドライトを反射して事故に遭わないそうです。自動車がわからないかな? 僕はVRでそれのレースをするのが趣味なんです。なので、そんな迷信を信じているのですよ」













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