第77話
「役立たずぅ~どぉ~こぉ~ろぉ~かぁーーーわしぃ、大活躍っ!!!」
当初、だだっ広い空間に小さな家をぽつんと膨らませただけの状態だったが、今やそれは圧巻のゴミ屋敷である。
週の内、月曜から金曜までは発掘、土曜はバルーンでリップス堂まで荷物の運搬。
日常という倦怠が身近に感じられるほどに、宝探しは順調に進んでいる。
で、本日は日曜日。発掘物の修復を教授はひとり黙々とこなす。と言うより、教授以外の誰もアンタッチャブルの手出し無用なのだった。肉球と羽にそれは不可能で、俺も恥ずかしながら極度の不器用。なので自身のはまり役を得た教授は、休日返上で張り切っているのである。
「風量の調節が6段階も必要かねぇ?」
パチッハチッと扇風機のスイッチを猫がフミフミする。
「こりゃ。下手にいじらないっ!」
「なんだい偉そうに」
おばさんはふて腐れ、おなか丸出しでその場に寝転がった。
俺もやることなく、教授が直したばかりの国旗が印刷された珍妙な椅子に深く沈み込む。見ようによっては庭で寛ぐサイケデリックな前衛芸術家に見えなくもない。
教授はお宝をできる限り復元し磨きをかける。電化製品は通電すれば使えるまでに完璧に直している。寒冷化した地上で……誰も扇風機なんか使わないのに。
「しかし分からんのぅ。なにゆえブルーバードは日曜礼拝が如く何度も説得に行く? 『独り立ちするので貴方は海中都市で快適に暮らしてください』これだけで済む話。
ドラマなら第一部【完】のジャジャ~ンで仕舞いじゃ」
日曜日、青い鳥も休日返上で母さんの説得にいく。十数年眠っていたから安息日はいらないのだそうだ。
俺と猫は目を合わせて笑う。
「そんなに頑固なのかのぅ?」
「頑固なんてもんじゃないね」
猫はなにも無い中空をカリカリと掻きながら答えた。
「やはり親が子を育てるのはナンセンス! 子離れができなくて……こな糞っっ!」
教授は、パンを焼くガジェットの修理に手間取っている。
人生において、でも、その繰り返される緩やかな手間こそ大切なのだ。
一度や二度の説得で、母さんが飲み込むとは、初めから考えていない。
教授は母さんのことを知らない。彼女は我が儘なのだ。そして誰よりも強い。
なので俺とおばさんは、そこ突っ込むのは……って表情を作るしかない。
曰く、何事に置いても時間は必要で母さんもいずれは折れると信じている。子供の自立。他人から見ればそれは単なる親子の葛藤に過ぎず余計なプロセスなのかもしれない。けれどそれって生きる上での謂わば、
永遠とは……永遠なのだから。
それに発掘は楽しい。嘗て科学者は人類が滅び三百年で地球は植物により先祖返りすると予言した。でも、ノストラダムスの戯れ言と同様、それは呆気なく外れた。
寒冷化で時は止まり保存状態は極めて良好。地上には(正確にはその地下にだが)プッチンした直後のプリンのように、当時の営みがフリーズされている。
そう、ここにある
昔々、ここにはピンクタワーよりずっと高い塔が建っていた。石油は出ても貧しい国民が沢山いて苦しい生活を強いられいた。戦争と平和。でもこの地からモスクワに涙ながらに出稼ぎに行ったなんて惨めったらしい記載は権力者によってかき消されている。だけど掘り出された物質は嘘を付かない。
そこには常に新たな発見がある。
すべて本物なのだ。例え過去でもそれは仮想現実なんかじゃない。
スチームパンクでの人生も真実ではあるのだろう。だが19世紀前半を規範としているなら街灯はガス燈だ。神は必須で、道は石畳。人々は規制をかけながら、それを平気で破る。やはり過去の模倣をしているのであって、自ら科した世界観をねじ曲げ都合良く解釈している。今の人間は深く病んでいる。それを誤魔化す為に浅く悩んでいる。死体を埋め、露見せぬようそこに犬の死骸を重ね、上から土をかけるように。
それはどこかまるで、鏡の中を弄っているような、やるせなく掴み所のない……
「古代の地下刑務所を発掘するって教授のアイデアは素晴らしかった」
休日の気の緩みで思考が漂うのを嫌って、俺は唐突に教授を褒めた。
「フォーッホッホッホ。
いや、返事になってないし……
「捕らわれた人間が生きるために必要な物とかそこから生まれる発想とか、家族への手紙とか、魂の叫びとか、予想外すぎてこの椅子に座ってると、なまめかしくて神の存在を肯定しそうになる。物質には魂が宿る。少なくともその持ち主は自分の想いを赤裸々に語っている」
「《相変わらず、小難しいのぅ》物事は視点を変えれば見え方がまるで違う」
教授は今度は万華鏡なる物をのぞき込んでいる。
「そもそも囚人たちはどうなったの?」
「そうじゃの。死刑は執行され、懲役刑は懲役が済めば釈放されたと聞いています。もともとリビドーが存在しないので犯罪の意味もなくなりました。犯罪なんてものは蛇に与えられたアダムとイブの林檎(リビドー)の発露のようなもの。それに犯罪を犯して何食わぬ顔で生きていた人間も多数おったので、そこはまぁ平等に……」
直したばかりのぶら下がり健康器でゆらゆらと教授は揺れている。
「なるほどね。いや~、やっぱり面白い。宝探しは最高だ。ここを選んで良かった」
俺は伸びをして目をつぶる。
「そうじゃのぅ、最高ですな。だが発掘も楽しいが、ピンクタワーにいること自体、発見に満ちている」
「ん? まぁ、変な建物ですよね」
「モグラが一匹いた」
「へ? あぁ、たしか到着したときに見かけた――かな?」
「ふふふ。物事は視点を変えれば見え方がまるで違う」
「どういう意味ですか?」
「モグラが一匹。それは何を意味するのか? そこに食性を満たすだけの環境があるということです。少なくともこの周辺の土地は凍ってはいない。そして一匹だけでは繁殖できませんからのぅ。つまりそれなりの生態系が存在するということなのです」
「……なるほど……気づきませんでした」
「適当に拾った人造人間にしてはやるもんじゃろ?」
「え!?」
「ふふふ。壁に耳あり障子にメアリー。盗み聞きをするのが自分だけだと油断しないことですな」
教授はすました顔で、直したばかりの水たばこをふかしている。
「なんだいあんたたちっ! 禅問答でもしてるのかい?」
退屈そうに猫があくびをした。
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