第74話

 親愛なる皆様方! ピンクタワーに含有する絶大なる energyエナジー について御存ごぞんじか? 


 ある日、一個の落雷がきっかけで、ピンクタワーの尻に火が付いた。

 それはまるでロケット花火が如く、ひゅーんと遙かなる大空へと打ち上がった。

 されどそれだけでは終わらず、導火線のように地下茎にも炎が燃え広がり世界中のピンクタワーが、ひゅーんひゅんひゅんひゅーん、次々と打ち上がる。

 やがて地球上の半数ほどが打ち上がった頃、一本のピンクタワーが雲上に浮遊していたマザーAIを貫いた。大爆発が起こり、欠片がぱらぱらと地上に落ちてくる。

 ピンクタワーには神も舌を巻く知性があった。『やることなくなった』残り半分がワラワラと騒ぎ出し、なぜか彼らの憤りの矛先は地球のコアへと向かう。

 回転しながらドリルのように地面を掘り進み地殻を突き破りマントルに突入して、それから…… それから…… ――あぁ地球は ―― ついには…… ついには……    

           ◯

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                ○

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       。

       。     



 夢を見ていた。眠れないなら起きてようと踏ん張ったがいつの間にか寝てしまっていた。どんよりと重いコバルトブルーの空を朝日が白く包んでいる。透明のハッチに空以外の何者かが映り込んでいる。薄桃色。すでにピンクタワーには到着していた。


 パカッ。「トゥッ!」着陸するや否や、教授がいち早くバルーンから飛び降りる。


「ぬおうっ! 初めて見たがでかいのぅ。いや忘れてるだけかもしれんがっ!」

 いつあつらえたのか……魔法使いの杖みたいな棒でこんこんと壁を叩く。


「あたいも実物を見るのは初めてだねぇ」

 しっぽを揺らしながらおばさんも近づき、おもむろに爪を研ぎ出した。


 俺も壁面に触れてみる。手を添えてピンクタワーへの敬意を伝えてみた。不思議。子供の頃と同じ。なぜか懐かしく癒やされるようでまるで故郷に帰ってきたような、そしてあれはやはり成長途中であったようだ。目の前のそれは子供の頃に見たよりも遙かに大きく荘厳そうごんでなんだか笑ってしまう。

 ふと、足下に何かいるのに気付く。凝視するとそれは地面に潜っていった。


「モグラじゃのぅ」

「モグラ?」

「ふむ」

「あぁ、昔のアニメ映画によく出演しますね。実写では初めて見た」

「あたいはモグラは食べないね」

 猫がジョークを飛ばしウィンクする。


「とりあえず入り口を探してこよう」遅れてきたブルーバードが首をぐるっと回し、「危険がないかもついでに調べてくる」それだけ言うと大儀そうに飛び去って行く。

 頼りにな……ハッハッ・ハクションっ! やはり永久凍土の寒さは、一入ひとしおだ。


 まばたきを二十回ばかりするとブルーバードが戻ってきた。


 内部に異常もなかったようなので、パンっパンっ! 皆で柏手かしわでを打つ。

(肉球と翼の柏手は初体験)それからバルーンに乗り込み機体ごと内部に入り一階に係留して、徒歩で二階へと向かった。


 俺たちはそこに家を建てた。とは言っても空気エアを入れるだけ。

 最初に家の外観が膨らんで、バス・トイレ・キッチン・続いて落ち着けそうな椅子やソファーが形作られる。数ヶ月はここにいるつもりなので快適なのに越したことはない。早速、メンバーの誰もが居心地の良い場所を我先に確保しようと牽制し合っている。家には窓も付いていたがピンクタワーの中では意味がない。通常は取り合いになるその場所に俺は飛びきり素敵な照明を置いた。薄暗かった室内がパッと華やぐ。



「ドンジャラスは今年も優勝しそうだね」

 一番くつろいでいるのはブルーバードで、テレビ前のこたつのかごに収まった。


「温度管理も完璧で考えようによっちゃ地上で一番、快適かもしれないねぇ」

 猫もソファーに寝転び、満足そうである。

 確かに……トイレの汚物の処理もいらない。ピンクタワーが全部吸収してくれる。

 無味無臭で騒音もない。動物たちはかなり恵まれた環境で越冬していると言える。


 

 教授だけ椅子に座り難しい顔をしていた。スイッチを切っている訳でもなさそうで

「さて、これからわしらはどうすればいいのかのぅ」と切り出した。


「老人のわしと猫と鳥では、ぴっかぴかの自転車を発見しても、ここまで持ってくる体力がない。ましてここは旧湖の近く。水平に加速された風を吸い込めば肺から出血して死ぬことになるじゃろう。ディフェンダーだらけのサッカーチームのようじゃ」

 教授はそう言って、俺の方をまっすぐに見た。


「皆さんは基本この家を一歩も出ずに過ごして貰います。なにせ過去の資料だけではどこになにがあるかわからない。降雹で地表には何も残っていないですからね。俺は頭が悪いので、お宝が眠っていそうな場所の見当をつけて、いざ場所が特定できたら地下に進入する機材の手配などをお願いしたい。ホワイトアウト時には無線で誘導も必要です。なにせここは危険な永久凍土ですから」


「機材の手配はお手のもんさね」

 猫がしっぽを持ち上げた。


「無線の誘導は任せて貰おう。お宝だが首都バクーにはソビエト連邦時代に作られた地下鉄がある。深い場所に存在するので保存状態も良いだろう。宮殿のように豪華な装飾が至る所になされてある。レリーフの一つでも削ってくれば十分に価値がある」

 ブルーバードも羽根を扇のように翻し、やる気をみせている。


「わしはたいして役に立ちそうもないのぅ」

 しょんぼりと教授がつぶやく。


「そんなことはないですよ」

「知力、体力、交渉力。張り切って参加したが勢い倒れじゃて。わしには特別に突出とっしゅつしたものなど何もない。経験値などと、気休めはかえって傷つく」

「それ言おうと思ってたけどやめときます、なはっ。でも宝探しとは人間の泥臭さをさらうゲームです。泥臭さとは生きることへの執着と足掻あがき。それがかいせるのは教授、ただお一人だと思います。なにせ俺たちには寿命がない。データだけで過去をトレースすることはできない。人間を深く知る教授がいてくれることは非常に心強いのです」

「口が達者じゃ。上手いこと理屈をこねますのぅ。あなたは詐欺師にむいておる」

 そうは言いながらも教授は元気を取り戻したようだった。


 俺はコーヒーを煎れる。

 飲めないメンバーもいるが、トレジャーハントの門出を祝うかためのさかずきだ。


「ほうぅ~これは?」

「ピンクタワーから削り出した一品です。取っ手の無いマグカップは熱いでしょ? これは持っても大丈夫な上に、いつまでも中の飲み物が冷めないのです」

「進んどるのぅ」教授は感心し、「冷めないならあたいは飲めないじゃないかっ!」

 猫舌のおばさんが不満を口にする。


「あは。ごめんなさい。そこまでは気が回りませんでした」

 俺は苦笑しながら熱いコーヒーを口元に運ぶ。


「まぁ、いいじゃないですか。こうやってみなで何かを囲むだけで……ファミリー。そう。クエストメンバーとは、謂わば家族なのですから」

 俺は大仰に両手をあげておどけてみせた。


 そう。家族なんだ。人はひとりでは生きてゆけない。


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