第23話
『オーダーっ! スパイシーチキンカレー、クスクス添え』
店内のざわめきを店員の甲高い声が一瞬切り裂き、ざわめきは再び
そのリズムはまるで
誰も自分以外の他人を気にしない。
「絶賛、若返り中。ぴっちぴちに若返ってる。
「稚鮎ですか……なるほど」
「Pちゃん。おまえ常識はないのに変な言葉は知ってるな。ターボエンジンってのは一体なんだ? おまえまさかレジスタンスじゃねぇだろうな」
「ぷっ。まさか。渓流釣りも自動車レースも趣味なんです。もしかして鎌をかけようとしてましたか? なんだか疑われているようですが、僕は純粋にクエストに興味があるだけです」
「おゅ! 俺も唯一の趣味が釣りなんだ。鮎の友釣りはいいぞ。ルアーでトラウトを狙うのも面白い。超大物で引きの強い……だよな。レジスタンスなんか遠い昔の話。あの頃は良かった。おゅ! 切った張ったで生きてる実感がしたもんだ……おゅ!」
しゃっくりは止まらず、そのまま壁に深く凭れて遠くを見るような目をする。
「それが生きがいと言うものなのでしょう。VRだけでは、収まり切らぬリアルでのエートス。世界観に縛られなきゃ生きていけないこの街の人と本質的には相違ない――しかし変ですね――グラディエーターが若返っているならばそれはソフトシェルクラブ(脱皮したばかりの蟹)みたいなものだ」
自分の体を透過するような相手の視線に手を振って、Pちゃんは尋ねた。
「ば~か。
「ポリス(逮捕特権)に……ましてやグラディエーター相手に逆らおうなんて
「若造が……おゅ! グラディエーターの本当の意味を知っているのか?」
「もちろん」
「そっか」
アルフェスは体勢を崩し、そのまま座敷に寝転んだ。
『お客さん。他のお客さんの迷惑になりますからゴロ寝はご遠慮ください』
「ウるぅせー! 逮捕するぞ」
店員は怯えて引き下がった。
「えぇ知っています。だからこそ変だなと思う。グラディエーターが参加するなら、このクエストは重要案件のはず。なのに、肝心のグラディエーターは不完全な若返り状態。そこが矛盾している」
「まあな。俺も姉さんが今の状態でクエストを引き受けるのには反対したんだ」
「レジスタンスはもういない。地下にマザーAIが存在してた時代ならいざ知らず
「……そう。線路を走る制御不能のトロッコ。放置すれば暴走したトロッコが5人を轢き殺してしまう。進路を分岐器のレバーで替えれば助かるが、代わりに切り替えた先の1人が死ぬことになる。お利口なのにAIにはその決断が出来ない。存在意義は死刑執行人だけじゃない。その泥臭い判断をクエスト中も押しつけられる。だから、グラディエーターだけはコンピュータの支配を受けない……あの赤ん坊……そっか、考えれば聞かなくても
強引に話を奪ったアルフェスは、なぜか憂鬱そうに天井を見上げている。
「え? 途中からなんの話ですか?」
「いや、いい。こっちの話だ」
「……ともかく、僕の好奇心の対象はすべての生物の行方と地球のうねりなのです。陸地と海底の本当の違いがわかりますか? 比重が違う。陸地を構成する物質の比重は軽くマントルに浮かぶ安定した古い地層。だから箱庭みたいなビオトープのドームであなた方は暮らしていける。だけど海底は違う。地球上の火山活動の8割は海底で起こっている。海嶺から吹き出したマグマは新たな海底となってそれはやがて海溝に飲み込まれる。赤道直下のアイスランドなら肉眼でそれが確認できます。地球は生きてるんだ。そして光も電波も通し難くまだ制御出来ていない深海にマザーAIは人工太陽を作った。それが何を意味し、地球の行く末がどうなるのか、僕は見届けたい」
パチパチハチパチ。手拍子みたいな緩慢な拍手が鳴った。
「なんか小難しいけど、壮大でなんか気に入ったよ、Pちゃん」
そう言うとアルフェスは、文庫本ほどの大きさの桃色の物体をテーブルに置いた。
「え!? これってもしかして……」
「俺の正式な通り名は、カッパギのアルフェス様だ。この盾も目印や飾りじゃない。十徳ナイフみたいにいざって時の道具が仕込んである。独りになった瞬間ちょちょいのちょぃだ。教授達には黙ってろよ? 存分に研究でも爆発でもさせればいい」
「? いいんですか?」
「あぁ、どうもあいつら最近、俺だけ仲間はずれにしてコソコソと内緒話しやがって気に入らなかったんだ。先生方は頭脳労働専門で俺は肉体労働者かぁぁっての!」
アルフェスは完全に酔っ払っていた。
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