第24話

 人通りの少ない道の、雪溜ゆきだまりが突如、ぜた。

 だが、四方八方に飛び散ったのは雪ではなく、綿ガエルの群れだった。

 ぽつねんとその場に取り残されたのは、一匹のモチウサギ。

 どうやら獲物を捕らえることは出来なかったようである。


「あばぁぶ」

「残念っ! 狩りは失敗のようだね」

「あばぁぶ」

「ダメダメ。旨そうに見えるけど、雑食のモチウサギの肉は酸っぱくて食べられないそうだよ。Pちゃんが言ってた」

 物陰から覗いていた、二人。『本日は暖かく晴天なり』だったので、生乳を貰った帰り、街中を散策していたのだ。

 お金もないのに露天を冷やかし、美しい街並みを歩き、レンガ(風)の橋を上から眺めたり下から眺めたり、そして何より二人を惹きつけたのは、なんてことない家の庭先の生態系であった。

 一度それに気づけば、灰色の石壁に囲われたこの街は、生き物達の宝庫であった。

 寒冷に耐性をもつ低木に様々な昆虫が集い、花だけではなく、幹にある穴に出たり入ったり、根元にはフジツボみたいに引っ付いた三角屋根の殻を持つ名も知らぬ物体が時々クルクルと向きを変えて、それが生物であることを教えてくれる。


「はんぎゃぁ、ぶぶぶっ」急に赤ん坊の顔が真っ赤に膨れた。


「ぬぉ!!! ペーパープレイン・バタフライだ!」


「あばぁぶ」二人は追っかけ回すが、紙飛行機みたいな蝶は「ぬぅ、すばやいっ!」

滑空で円を描いたり八の字に旋回してなかなか追いつくことが出来ない。

 街中でのドタバタ劇に欠陥品であろうと思われる老人が、一瞥をくれて通り過ぎていく。最後はフェイントで二人をかわし、蝶はどこかへと消えていった。



「……………………………………教授っ! 変装しててもバレバレだっ!」

「とほほ。気づかれましたか」

「なにそのへんてこな格好? 」

「貸衣装というのがありましてな。一応、ジョングルール(吟遊詩人)ですじゃ」

 ジャララ~ン。教授はギターン(ギターの先祖)を掻き鳴らす。







「何も問題はないぞ、教授。ピンクタワーにもう一度、行けば良い」

「それなんですがのぅ~セレン様。もうクエストは放置でいいかなと、わしは考えておるのです」

「なんで? 手間取るなら犬型ロボットでも掘削機械でも今回は参加していないが、テルルに言えば専門家だから直ぐ手配するだろう」

「なが~いことパーティーを組んでおりましたが、実は……わし、あいつのこと嫌いなのです」

「今頃っ!」

「ふぉっふぉふぉ、人間なんてそんなもの。それにこれはわしとセレン様との最後のクエストになる……だからテルルには声をかけなかったのです」

「最後? 若返りは2倍速で10年ちょっとで折り返す。それが終わったらバンバンいつものように頑張れるじゃないか」

「……おっ! そうじゃそうじゃ。セレン様にプレゼントがあります」

 教授は革製の巾着袋から何かを取り出した。


「ん? なに?」

 それは少女の髪と同じ亜麻色のフライトキャップ(耳当て付きの帽子)だった。

 

「可愛くないっ!」

「可愛くなくても耳が凍傷で無くなるより、ましですからのぅ」

 ぱふっと、教授は少女に帽子を被せたのだった。デザインは気に入らなかったが、いつにない教授の仕草に少女は文句を言わず、代わりにこう問いかけた。


「一旦、受けたクエストは完遂しなければならないのでは?」

「ふむ。それなんですがのぅ。実はこのクエストで動いているのは、わしらだけではないのです。と言うより、100以上のパーティーの合同クエスト……」

「?」

「つまり、あのピンクタワーは一本ではない。地表の大部分を占める永久凍土の……人間が誰も入り込まないエリアに今や無数にあるのです。ちょうど収穫前のアスパラのように……」

「それは一大事ではないか!」

「いえいえ。大昔、最初の一本が見つかったときはそれは問題になりましたがのぅ。もうおおよその成り立ちもわかっております。と言うより、無数に育つようになったのはマザーAIが意図的にやったことで、まぁそのぅ、栽培に近いですな」

「??? 栽培?」

 少女はフライトキャップの上に、壮大にハテナマークを浮かべている。


 教授は話を中断して、少女が抱く赤ん坊の頭を撫でた。


「セレン様と初めて出会ったのは、丁度これくらいの頃でしたかのぅ」

「うん。私の赤ん坊時代を知っているのは、教授だけだ」

「セレンは原子番号34の元素。元素記号は Se」

「うん。教授がつけてくれた名だ」

「無機質な意味ばかりじゃありません。元々はギリシャ神話の月の女神セレネに由来する……もしもまだこの世界に月があったなら、そこから見える地球は桃色なのかもしれませんな」

 教授はなにもない空を見上げた。

 少女も見上げる。




「赤ん坊のことを気に病むことはない。貴方はやるべきことをしただけなのです」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る