第18話

「キス?」

「そうキス」


「キッス?」

「そうとも言う」


「キス・オブ・ファイア?」

「イエス! キス・オブ・ファイア!!!」


「ふ~む」教授は腕組みをし、ブルーバードはそんな教授の肩口に留まっている。


「因みにキス・オブ・ファイアはルイ・アームストロングよりジョージア・ギブスのカヴァーが個人的には好きだ。そういえば、べーちゃんのラジオでサッチモの特集をやってたな。やはりルイ・アームストロングはタンゴじゃなくジャズの歌声がいい」


「オッケー・ブルーバード! 会話モードをⒶBCからABⒸに変更じゃ」

「そんな仕様はない」

「ややこしい話がさらに込み入るから無駄なトピックを入れず簡潔に話せ、と言っておるのじゃ…………で、確かなのか?」

「知らんがな。卵で盗聴した音声と微細振動のデータを解析したらどうやらそういうことらしい。そもそも断りもなくアルフェスに卵を使われて、こっちはいい迷惑だ」

「しーぃ声が大きい。アルフェスに聞える」

「なんか困るのか?」

「アルフェスはこの手の話にうるさい。Pちゃんを切り刻むかもしれんて」

「顔に似合わず敬虔けいけんな宗教家……純血と献身……か? あほらしい」

「しかし不自然だ。リビドー(性衝動)もない二人が、出会って間もなく?」

「大したことない。燃ゆるくちづけキス・オブ・ファイアなんて言ったが、実際は、ほっぺにチュッだ」


「おまえらぁ~なにコソコソと悪巧みしてんだ?」

 アルフェスがのっそりと近づいてきた。


「ち、ちがうわい。ピンクタワーの欠片の解析をどうするかの相談じゃ」

「……それな。もう俺と姉さんはお役御免でいいんじゃね? フラスコとビーカーで戦闘も糞もねぇだろ。簡易式(VR)の食事じゃストレスが溜まる。実食も飽きた。アンティチョークの詰め物なんざ見るのも嫌だ。偶に美味いと思えば……二日酔い。早いとこ地下空間に戻ってリフレッシュしたいもんだぜ」

 神に祈るように椅子に座る。


「パーティーで行動するのがクエストの鉄則っ!」

 ブルーバードが首を斜めにして、アルフェスを見上げた。


「偉そうなこと言ってんじゃねぇよ、ブルーバード。おまえと違ってこっちは一応、生身の体なんだ。どうやって暇をつぶせばいい? 食事以外のVRは姉さんがいい顔しねぇし……そういえば、姉さんは? ずいぶんとおせぇな」

「ふむ」

「そもそもあの赤ん坊はなんなんだ? どういった経緯いきさつで…………」

 だがアルフェスの言葉は、階下から微かに聞える鼻歌によって中断された。


「ふんふんふん。ララ。ふんふんふん。ただいま~♪」

 少女が保温ゲージをシェイクしながら帰ってきた。


「お帰り~パタパタ」ブルーバード。

「お帰りっす」アルフェス。

「お帰りなさいませ、セレン様」教授。


「………………………………………………………………」

 少女はすんっと鼻を鳴らし、無言で皆を順繰りに見回した。


「?」

「?」

「?」


「なにか気づかない?」


「?」

「?」

「はて……どうかなされましたか。セレン様」


「…………まあ、期待はしていなかったけど」

 そうは言ったが、少女は別に機嫌を悪くするでもなくその場をくるっと回った。

 そしてぴたりと止まり、

「アルフェス。悪いけど、私は今から眠って2時頃に起きるから、それまで赤ん坊の面倒をみてくれるかい? 生乳飲んだばかりで暫くミルクは必要ない」

「了解っす。ちょうど寝るのはその頃なんで問題なしっす」

「よかった。自己管理は大切だからね。そうだ大切と言えば……教授っ!」

「? なんですかのぅ? セレン様」

「世界全体のカロリーは誰が作り出しているのか? その答えは、海中都市の窓から見える光の遊歩道(キリッ)のことだね。海底の太陽を守ること(キリッ)、それは地球上のあらゆる生命を守る(キリッ)ことでも(キリッ)ある。それを作り出したマザーAIのクエストもだからこそ重要で、私たちの使命ってことだね(キリッ)」

「…………ふむ。まぁ? そんなところでしょうかのぅ~?」


 少女は小さくガッツボーズして「おやすみ~」そのままベッドに行ってしまった。



「?」

「?」

「?」


「セレンさんが変だ」

 ブルーバードがいち早く我に返り、翼をパタパタとさせた。


「姉さんは絶賛、若返り中。少々子供っぽくても不思議じゃない。いつもの事」

 アルフェスは別段、気にもしない様子で、首の後ろに手をまわし目を瞑る。



「……ともかく様子を見よう。スマートグラスは個人の能力を最大限引き出し環境にベストな行動を取らせる。単にモードが恋愛モードになっていただけかもしれん」

 教授はブルーバードにだけ聞えるように、小声で囁くのだった。







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