第8話

 それからしばらく歩いたが景色は変わらなかった。仕方なし、一行はさらに歩く。


「お~い教授。引き返してバルーンで移動しようぜ」

 さっきまでの怒りは収まり、アルフェスが提案した。

 

「また乗り込んで暖機だんきして……か。そうしないと故障の恐れがある。これだから永久凍土は面倒じゃのぅ。かといってこの壁はユニコーンの角でも壊れそうにない」

 教授はペチペチと壁を叩いた。確かに迷いどころではある。


 そのとき少女の鎧の隙間からブルーバードが飛び出した。無言で速度を上げて飛び退すさり、やがて少女がまばたきを二回ばかりすると戻ってきた。


「もうちょっと先に大きな穴があってそこから中に入れます」

「相変わらず頼りになる奴」

 少女が鎧の胸元を開けるとピヨピヨと照れ喜びながら、スィーと帰還する。


 その言葉通り、暫くすると壁が途切れ、ぽっかりと丸く大きな穴が現われた。

 とりあえずそこから塔の内部に侵入を図る。


「ほほう~。ベースボールするには広すぎるのぅ。打ったらみんなランニングホームランじゃわい」

「中もピンク一色かよ? どう言う趣味してんだ」

「? 暖かい……」

 三者三様さんしゃさんようの感想が漏れた。



 そこには誰の心象風景にも存在しないであろう、空間が存在していた。

 広さは教授が表現したそのまま壁も天井も床もピンク一色で天井の高さはバルーンを縦に並べておよそ10個分ほどもある。

 両脇の端の方にスロープのような形状の坂道が天井まで続いていてどうやらそれで上階に上がれる仕組みのようである。


「やれやれ難儀ですな。バルーンを中までは入れられますが、二階の入り口は小さくて通れそうもない……人力で見て回るしかなさそうですのぅ、今日の所は……さぁ、とりあえず上に参りましょう」

「その前にやることがある」

「なんですか? セレン様」

 教授は少女のほうを振り返って驚いた。


 テキパキ。テキパキ。ササッ~ぺろん。フキフキ。シュルル~パチンパチンッ。


「ほほう~。見事な手際ですぞ、セレン様」

「ギルドの互助会で鍛錬したのだ」

 少女は褒められて満面の笑みを浮かべた。


「あばぁぶ」おしめを取り替えてもらい、赤ん坊もご機嫌である。


「永久凍土で保温ゲージから取り出すのは危険かと思ったが……不思議だね、ここはなんだか暖かい。ぐずっていたので気が気ではなかったが、これで安心だね」

 赤ん坊を抱き上げ、べろべろばぁしながら少女が言うと「ふむ」と教授はなにやら思案顔である。


「そういゃそうだ。これだけ巨大な入り口があるなら室温は外気とそれほど違わないはず……ま、とりあえず上に行こうぜ。この部屋にいると発狂しそうになる」

 アルフェスが手のひらを拳銃の形にして前方に倒す。


 左側のスロープを選び、立体駐車場を思わせる構造の建物の上階に上がると、下とまったく同じ光景がそこにはあった。入り口の一つ穴が二つに変化しただけである。


「ふへっ。やっぱどこもかしこもピンクかよ。やっぱ気が狂いそうになるぜ。これを作った人間は楽園地帯のイカレた連中に違いない。サイケデリック。そうだな、スタンリー・キューブリックだとかの信奉者だ。……が、このカッパギのアルフェス様の目は誤魔化せない。根本的に変なところがある」

「ふむ? どこかおかしいかのぅ?」

「どうしてここはこんなに明るい? いやまぁ、薄暗いっちゃ薄暗いがライトも無いのに余裕でお互いの表情を判別できる。一階ならいざ知らず……いや……壁の厚みを考えればそれでもおかしいな。どこから光が入ってくる?」


「ふむ。ふむ」

「ふむふむほむほむって!! 教授どうしちまったんだ。今日はそれしか言わねぇ。まさかバグってんじゃねぇだろうな、この欠陥品じじい。詳しい事情は教授しか知らないんだ。俺たちにもちゃんと説明しろ」

「ふむ。予断なく調査したいので……すまぬが、もう一段だけ上に行こう。セレン様もよろしいですかな?」

「これは教授の持ってきたクエストだから異存はないよ」

あねさんがいいならしょうがねぇけどよ。一段上がるのも結構きついぞ」


 スロープは入ってきた方向とは逆方向に、8の字の形で天井に伸びている。今度は右側を選び、一行は同じように上階へと進んだ。

 そこにもまったく同じ光景…………パーティーの頭上に黒い影がかかった。

 

 










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