第9話 裏アカウント②

 安楽椅子探偵あんらくいすたんていとはミステリの分野で用いられる呼称で、現場に赴くことなく事件を推理し解決する。どうやら僕はそのような役回りなのではないかと僭越せんえつながら認識するのである。記憶はまだ曖昧模糊あいまいもこにして五里霧中ではあるけれども、赤児あかごが根から養分を吸い上げるように、両親の言葉を真似て植物が喋るまでを、謂わば無から有を導き時間という概念を与えた神の存在と同質の通過儀礼だと仮定すれば、その説明が可能なのである。


 うむ。どうも理屈っぽいな。なぜかイライラとして思考が混乱し、色々と間違えていたような気もする。まぁそれは良しとして、迂闊にも引き合いにだしてしまったが僕自身は神の存在を肯定も否定もしていない。



 アダムの肋骨からイブが生まれたことを信じがたい事実だとすればタンパク質や、なにより質量が全く足りてやしないと考える。何より僕たちホモ・サピエンス・サピエンスが唯一ヒト属の中で生き残れた理由が神の存在を認識したことだったにせよ、味のしなくなったガムを噛み続ける必要性はあるのか? 地上で暮らしている一部の快楽主義者、35億どころじゃない。今や、地下空間には600億人、海中都市には100億人が平和に暮らしている。地獄であるとか黄泉の国だとか、それらの概念は概ね地下に設定されてあるので、これは矛盾しているのではないだろうか。(否定)



 だが反対に生きる上でなんの精神的支柱も持たず、ただ快楽を突き詰めることは、果たして有意義か。他者に与えず影響もさせず泡のように生まれ消えるだけの存在。

 僕たちは違う。パーティーは神聖なクエストをこなすことをエートスとしている。

 実際に神の存在を信じ宗教観を持つ者はパーティーの中で、カッパギのアルフェスだけではあるが、彼の調整能力なくしては、直後に全滅の憂き目に遭うことだろう。

 つまり間接的であれ、我々は神の存在に救われている。他者を鼓舞し導き世間との折り合いを付けるワトソンがごとき彼の自己犠牲を伴う行動の根源――いや、これは僕を含めた全員にも言える。他者の為に死を伴う危険に自らの肉体を投じる行為その本質が――神の存在であり宗教であるならば、エスカルゴがエスカルゴであることを否定することを誰が許容しうるであろうか? 僕はただそれを賛美する。(肯定)



 ……あれ? イライラがなくなった。下腹部の不快感が消えてゆく。不思議~♪




 難しいことはさておき、兎も角、田園を駆け抜ける老婆のようにパーティーは僕がこの屋敷から一歩も出ることなく、ピンクタワー・クエストを解決した。


 要約するとハエの王、悪魔界のNo.2・ベルゼブブが化身した巨大な蜘蛛は赤い鎧の剣士に切り捨てられ、蜘蛛の糸に捕らわれていたドラゴンは解放された。やはりこの剣士は戦闘において別格であり、民衆が勇者と崇めるのには、どうやら象徴としての赤い鎧に特別な意味があるらしい。


 お礼にとドラゴンは、鳩の血ピジョンブラッドに光るルビーを吐き出したのだった。


 。う~ん。まただ。座っている椅子が変わった。僕は安楽椅子探偵あんらくいすたんていであるが、椅子が無断でコロコロ変わるのは憤慨ものである。肉厚のソファーだとか、人間が駄目になっちゃうカウチなら嬉しいが予告なくこのギシギシと不快な音の鳴る骨張って固い椅子に座らされるのだけは極めて理不尽である。

 


 さて、今回のクエストは無事終了したがこのパーティーにおける懸念材料はやはり色白メガネの賢者であろう。他に比べ、なんの役にも立たない。剣士の働きは言うに及ばず、今回の冒険譚には漏れたが従者の青龍チンロンも序盤で大いに活躍した。まったく彼の知性には驚愕する。抜け目のないアルフェスなどは、後の伏線となる仕掛けまで施した。賢者だけが、ただオロオロとするばかりである。


 そもそも賢者が仲間に加わったのには下心があった。初めから動機が不純なのでは身が入らぬのも致し方ない。出会った瞬間、賢者は剣士に一目惚れだったのだ。


 誰にも秘密はあるものだが、名探偵の目は誤魔化せない。剣士は上半身に鎧を身に付け顔まで隠しているが、下は乗馬をする為のキュロットのパンツルックにブーツという出で立ちで問題は尻である。尻なのである。それは桃尻と呼ぶに相応しくあまりに形が良い。剣士はどうやら女性だ。なので男の賢者がほの字なのはそれがリビドーが故の退廃的なものであったとしても、それほど込み入った話でもない。神の存在や宗教の意義と同じく、僕は恋と、そこから生まれる芸術を肯定も否定もしない。



 まだ年若いメガネの賢者は、ピーチなヒップにフルスイングで恋をしてるのだ。


 安楽椅子探偵として、いやリーダーとして、僕はただそのように理解している。









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