第66話 裏アカウント⑪

 タケルの怪我は深刻なものではなかった。二日ほど学校を休んだけれど、僕らにはいつもの日常が戻ってくる。暫くは気まずかった。腕白を気取って、勇ましく冒険に出かけたのにバルーンで泣きながら帰った僕たちの、スタンド・バイ・ミー。

 けれど一週間もしたら僕たちはケロッと元気になり、弾丸少年少女クラスの分断はなぜか解消されて、アマゾネス軍団とも楽しくお喋りができるようになった。

 話してみると、フローレンスの一番人気の理由が、何となくわかった気がする。

 そしてあれから、絵を描くことが僕の趣味になった。風景画が多いけれど頼まれてお母さんや春麗チュンリーの似顔絵を描いたりもした。


 二年の終わり。タケルが引っ越すことになった。凄く悲しかった。なぜこの街ではいけないのだろう。結局はマザーAIに全て委ねる人生なのに架空の世界感がどうして必要なのか。同じ偽物なら、スチーム・パンクでいいじゃないか。僕はタケルの親を怨んだりもした。けれど別れ際「どこに居たって楽しくやるさ」と、彼は笑顔でそう言った。なんだか救われた気がした。頼りがいのある友達。気が小さい僕は、彼から勇気を貰った。その勇気をこの先もずっと持っていようとその時、誓った。

 幼女がプランターから花を庭に植え替えると言いだした。重い物は僕も手伝った。

 何度も若返ったが、庭をエートスにしたことはないと自分でも首をヒネっている。

 けれど成長の過程で性格や趣味が変わることは普通でデフォルトではあるらしい。



 三年生。今度はシャンディーが引っ越すこととなった。僕は何も言えなかった。

 別れ際、二つのピアスを手渡された。大切にしてくれと彼女は言った。

 やっと言葉が出た。お返しに何か欲しいか、と。腕輪を貰ったと彼女は言った。

 僕はただ、それを大切にしている。僕はそして、何枚も彼女を描いたのだった。



 四年生。弾丸少年少女クラスに数人編入してきた。VR教育を受けていた子供が、学校で学ぶことになったのだ。はじめはなんだか人形と喋っているようだった。

 だけど徐々に笑顔が浮かぶようになる。VRが原因なのかも知れない。

 この頃になると、僕の成長をお母さんが追い越した。もう少女と呼ぶべき年頃なのだろうと思う。僕が物心ついた頃の姿だった。それがとてもバランス良く思えた。



 五年生。庭の下に蒸気のパイプを通す。アルフェスおじさんが殆どの作業を行い、肉体労働が苦手なPおじさんも手伝った。少女はそこに花だけではなく様々な野菜やベリー類を植えた。実用性の中に美を求めるとかで、庭はイギリス伝統の石積であるドライストーンウォーリングで仕切られて、迷路のようになる。

 リヴァイから中等科には進まないことを告白された。ショックだったけれど、僕は彼を尊敬した。同じ年なのに、もう自分が進むべきエートスを見つけたことに……

 僕は幼女と暮らしていた所為で、人より成長が遅れているのではないかと思った。

 一年後、彼は地下空間の住人になる。地上に居ることに意味はないと彼は言った。



 六年生。

 庭は更に複雑さを増し、春麗チュンリーからのアドバイスを受けて少女はそこになにかしらの意味を込めているようだった。僕にはさっぱりわからなかったが、なにかしら凄いものであることは感じられた。学校に通う必要のない少女はカラオケと果実酒を作る以外は庭造りに情熱を注いでいる。僕に剣術を教えるのは諦めたようである。


 ある日学校から帰ると、庭に大きなタライをだして少女が沐浴をしていた。

 庭いじりで泥だらけなのでお風呂場を汚さないためのいつもの習慣だった。

 裸と言うほどではないし、複雑な庭の構造で外からは覗かれる心配はない。


 僕は声をかけようとして、そして、声をかけることができなかった。

 亜麻色の髪が白く艶やかな背にかかっていた。夏の日だった。

 僕は震えた。怖くなった。僕はその時、自覚したのだ。




 ――この世界にあってはならないもの―― 僕にリビドーが存在することを。

 





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