第43話
リヴァイの指摘どおり、一本の直線を跨ぐと眼下の風景が一変した。地面の起伏の他には何もない。そこから馬の背を分けるように前後の世界は隔絶していた。
永久凍土。冬場は子供の頭ほどの雹が降り注ぐ不毛の地。僕は膝の上で拳を握る。
少し緊張してきた。タケルも同じ気持ちなのか、おもむろに僕の方に顔を向ける。
「ところでさ~ジュニアとシャンディーってどうなってんの? 」
……? 僕は目を丸くする。
「そうそう。それ聞きたい。目的地に着く前にその命題を解決しておこう」
……? 暗闇に潜む猫のように瞳孔がひらく。
「ちょっ・き・きゅうになに言ってんの? なんのこと?」
まさに未知との遭遇。違うな。ありえない所からハンマーが飛んできた。
「なにって。我ら『弾丸少年少女クラス』においては今やその話題で持ちきりだよ。シャンディーがジュニアから腕輪をプレゼントされたって」
タケル! 顔が近い!
「そ。冒険の相談をした翌日かな? それから数日間。二人が不在なのを見計らい、この命題について大いに討論を重ねてきた。僕も初めて女子から話しかけられたよ。個人的にも凄く興味がある。今回の冒険と同じくらいにね」
リヴァイも近っ!
「な・なんでもないよ。トレジャーハンターのおじさんのその・お土産を・その……気に入ったみたいだから……あげただけ」
「成る程。それは立派なプレゼントだね。女子は男子なんか相手にしてないけれど、一人だけ特別扱いは気になるようだ。自分から利益は求めないけれど自分だけが損をすることは許容し難い。心理学的にも頷ける。プレゼントが問題ではなく、どうして自分たちにはそれがなかったのか? うん。人類として極めて正統な疑問だね」
急になに! まるで尋問だ。『お礼』については僕も考察したけれど、『お礼』については……あれ? 問題になってないのか? そうだ。プレゼント。プレゼントを特定の人にだけ渡したことについての……これは議論なんだ。
「俺はいいと思う。だって恋っていいじゃん。不純物がないなら尚更さぁ~」
「そうだね」
「ちょ! なんだよそれ。不純物??? どうして? 話が飛躍しすぎっ!」
「どうしてって、大昔の恋愛映画はあれってリビドーを前提としてストーリーが成り立ってるわけじゃん? 隠してるけどさ。理解は出来ても、根底に流れているものがそもそも違う。なんか綺麗事で取り繕った異世界っぽいんだよね。それがさ、こんな身近にリビドーを前提としない、混じりっけ無しの
タケルっ! なんだかいつもの口調じゃない!
「僕も同意見だ。人類は何十万年もの間、飢饉や戦争を生き延びるため、非常に高い出生率を必要としてきた。人口数百人の集団は存続できないが、4千人規模の集団は孤立した状態の地域でも永続して生きながらえることができうるしね。数は正義だ。でも近来、全人類は極めて低い死亡率と低い出生率で人口を維持してる。小死少産は人口維持には一番効率がいいからさ。所謂『人口転換』と呼ばれる事象だ。けれども人間が絶対に死なないってわけじゃない。意図して作られた人造人間をマザーAIは人間とは認めていない。つまりリビドーを失った現在だからこそ、究極的には純愛を伴った有性生殖が人類には必要不可欠なんだと僕は思う」
リヴァイはいつもの小難しいを飛び越えている。有性生殖ってなんだ!?
「ちょっとなに言ってるのかわからない」
「これってさ、凄く大事なことだと思うんだ。俺たちのスタンド・バイ・ミー。
”側にいて”の意味じゃなくて死体を探しに行く映画のほうの話な。これは俺たちが大人になるための……そうだな……通過儀礼のような気がする」
うんっ! もういいっ! タケルっ!
「二人とも今回の冒険の目的を忘れてない? 仮にもここは危険な永久凍土だよ! 僕たちはピンクタワーを探しに来たんだ。決して死体なんかじゃない。今まさにそのピンクタワーに到達しようって最中に……」
「なに言ってるの。そんなのもう、とっくに僕たちの目の前にあるじゃないか」
リヴァイが呆れ顔で前髪を掻き上げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます