第48話
それから暫くはキッスに関する激しい尋問が再び続いた。もう秘技、論点ずらしを発動する隙もなかった。地動説を唱えて、間違った偏見と闘った科学者のように僕は対応に追われる。正直、彼らがどうしてこれ程まで興味を抱くのか甚だ疑問だ。
友達を鬱陶しいと思ったのはこれが初めて……いや初めてでもないか……
だがそれも終演を迎えることとなる。
別に彼らが天動説を捨て去り、科学が勝利した結果ではない。
ここは30階付近、――要するに
ハァハァ 空気がとても薄い。
皆、押し黙っている。 ハァハァ 足を引きづっている。
ピンクがぐるぐる回る。ピンクがぐるぐる回る。ピンクがぐるぐる回る。ハァハァ
「リヴァイ……もうこの辺でいいんじゃん」
タケルが遂に口にした。まったくもって頼りになる友人だ。リヴァイの目的を尊重する余り、僕は言いたくても言い出せなかった。全身にクリケットのプロテクターを身に付けているタケルが一番きつそうだ。軽装の僕でさえ、もう限界にきている。
尋問が途切れたのは、単にそれどころじゃなくなったからである。
体力には自信があったけれど、そんなの自惚れだったのだと思い知らされる。
壁一面がピンクなのも最悪だ。居住空間は人にとって本当に大切なのである。
家がこんななら永遠の命なんていらない。幼女の配色センスを神に感謝する。
筋肉の疲労よりも精神がピンクに染まっていくようだった。もう~限界っ!
……なんだけど。同時に一つだけ気づいたことがある。注意深く観察していないと関知できないほど僅かではあるけれども、天井が徐々に低くなっている。つまり……
「僕もそう思っていたよ。だけど、どうせなら天辺を目指さないか?」
リヴァイは真っ直ぐに正面を見ている。
「なんでよ」タケルが肩をすくめた。
「これが俺らのスタンド・バイ・ミーなら……タケルが言った映画の話ね。通過儀礼だとするならば……ハァハァ……天辺に到達しないと意味がないと思うんだよ」
「ちょっとなに言ってるかわからない」
「君たち気づいてない? 天井が少しずつ低くなってる。つまりこのピンクタワーはやっぱりまだ成長途中なんだ」
「ちょっとなに言ってるかわからない」
「ここはもう頂上付近なのさっ! 僕は槍を突き刺す! 『田吾作ロイド一番槍』 ハァハァ さ。これも ハァハァ 映画の話ね。僕は今までの僕から決別するんだ。落伍者ではなく、未来を生きる!」
「リヴァイ、君が一番へばってるぞ。酸素が足りてなくて言ってることが意味不明。天井が低くたって、ここが頂上付近だなんてそんなの確実じゃない。もう限界だ」
タケルの顔は真っ赤である。疲れているだけじゃなく怒ってもいるようだ。
どっちの言い分も正しいから遣る瀬無い。
どちらの気持ちも判るから判断が難しい。
どんな善良な人も・たとえ誰かを尊重して攻撃をすることをしない人でも・自分だけが損をする状況には・耐えられないし・どうしても譲れないものが存在する・かも知れない・だから軽々にどちらの肩も持てないから・当然・誰かの批判もやれない・けど・だからと言ってなにもしないではいられない・なにもしないことが・正しい・としても・人はなにもしないことこそ・耐えられない・生きているから・過ちを犯すことが・生きていることだから (あれ? なんだこれ?)
僕、どうしちゃった? なんだかごっちゃと思考が走ってる。おかしい。
これは……空気が薄い所為なのか? なんかヤバいぞ。
「行こうよ頂上に。途中で投げ出しちゃいけない」
「いい加減にしろ、リヴァイ。そんなの自己満足だろ。引き返した方がいいっ!」
新しい階層に侵入する瞬間にタケルが振り返る。いつもの顔つきじゃない。
リヴァイの気持ちは尊重してあげたい。けれど僕も限界だ。でもあと少しなら……
タケルの判断は正しい。直感力がある。このまま登り続ければ、大変なことに……
あれ、やはりおかしい。複数の思考が併走してる? どうしちゃったんだ僕は……
……兎も角、調整役になって二人を落ち着かせよう。このままじゃ喧嘩になる。
僕は新しい階層に侵入し先を歩くタケルの肩をつかむ……
ドンっ!
突き飛ばされた。僕は足が縺れてよろけて倒れた。顔面を地べたにこすりつけた。
予想外のことに暫し呆然とする。やがて腹が立ってきた。なにも突き飛ばすことはないっ!
タケルを睨み付ける――――――――え!?
そこにはありえない光景があった。タケルが跪き、どこからか血が流れている。
「白銀ネズミだっ!」リヴァイの叫ぶ声が聞こえた。
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