第84話

 誰でもよかった。教授には申し訳ないけれど。彼は今とても辛そうである。


 宝探しにはどうしても人造人間の存在が必要だった。永遠の人生からすれば、瞬きみたいな一瞬だけれども、その短い生涯の中に、欲張りな栗鼠リスがどんぐりでほっぺを膨らませるようなわだかまりを、彼は抱えていたようである。予想以上に苦しくてとても過酷な場裏じょうりの渦中だったのかもしれない。


 この状況は仮想現実で過去に生き体験するのとはまったく違う――ただ仮想現実のほうが遙かに現実には近いのだろうけれど――寸分違わぬ遺伝子を持つオリジナルの存在を、いわんや数千年も生きた老人が、終末近くに追体験するなんてのは、きわめて滑稽な試みなのであろう。


「桃じゃ! これは桃じゃっ!」

「うるさぃっ! やり過ぎて爺がオーバーヒートしてるじゃないか! 鳥頭!」

「心外ですね~テルル。量子コンピュータにそんなミスはない」

 青い鳥は『木の上からそそのかすモノ』として、教授に必要な情報を雨のように、シャワーが如く、繰り返し注いでいる。


 彼は、彼とはこの場合は教授のことであるけれども、彼は、彼イコール彼となる訓練をしているのだ。彼が、この場合は西暦二千年付近を生きたオリジナルの方の彼のことであるけれど、どんな感性を持ちどんな思考をしたかを知ることが、それすなわち、宝の場所を指し示す明確な羅針盤となるはずなのである。


「しかし私の計算ではどうしようもないアル中のPちゃんが、こんな物を作っていたとは、驚き、桃の木、山椒の木」

「桃の木? そうなのじゃ。これは桃なのじゃっ!」

「ブルーバードっ! レディーをひっくり返し辱めるなんて焼き鳥にするわよっ!」

春麗チュンリー、君とは初めましてだね。でも私は18年分の卵のデータをすべて解析した。我らはその間、ご近所で、一緒に育ったのと同じなのだよ」

「うるへ。おまえなんかと一緒に育った覚えは……ぎゃぁ~!!! 後ろからセレンちゃんに頭をぐりぐりぐりぐりされてるぅ~。セレンちゃんっ! この場合、本体を攻撃するのは反則よぉ!!! わかったわよ。このテントウ虫あげるわよ! だから頭をぐりぐりしないで~~」

「そうこれは桃なのじゃっ! 余りの不評で落ち込んでいたが偶々たまたま、シルエットがカボチャに似ていたから世間が芸術家のオマージュだと勘違いしたのを良いことに、こいつは都合良く乗っかっただけなのじゃっ! こいつは結構ずる賢い。こざかしい男じゃて。はて? 同じ遺伝子であるわしもそうなのか? 心外じゃのぅ」


 なにか色々と交通渋滞を起こしている……母にテントウ虫の存在がばれていたとは想定外だったが、プレゼントに欲しいと言うくらいだから問題ないだろう。あくまでやらなければならい目的は、―nənəナナの現在地を特定することなのだ。


 リアリストなら部族の勢力が強い北部を避けた歴史ある一般の市街地か?

 はたまたロマンチストで、二万年ほど遡った古代人からの置き手紙。遺跡の下?

 カスピ海の石油パイプラインの底。だとしたら機材があっても厳しいな。

 まさかの紛争地帯? 隔絶された孤島? 核施設? 

 インディ・ジョーンズⅡのように洞窟で邪教集団に祭られてたりして……



「なぜリビドー搭載とうさいの癖に恋もせんのじゃっ! 勉強ばっかりしくさって。わしはそんな勉強好きではないぞ。おい! その子! その子は絶対にお前に気があるっ! 斜め向かいの席の窓際の子じゃ! チラチラこっちを見ておる。どうしてそれを無視して席を立ち図書館に行くっ! 信じられん。……おまえはクラスの透明人間か? いくらなんでも……キッスの経験くらいはあるんじゃろうな!?」


 しらんがな。精神の錯乱状態と混沌で、やはり教授は辛そうである。例えるならば女装した自分自身を男装した自分自身が抱きしめるみたいな感覚だろうか? 


「テントウ虫はレディーバードとの別名もある。ブルーバードとレディーバード……もはや兄妹のような関係と言っていいでしょう」

「うるさいっ! 腹部を覗くな! 嫌らしいっ! ビームで焼き鳥にしてやるっ!」


 やれやれ    青い鳥ブルーバード VS テントウ虫レディーバード    なら


 滞在中にパーティーは全滅だ。永遠の命もあったもんじゃない。



「本当にこんなんで大丈夫なのかい?」猫が俺の肩に飛び乗り、耳元で囁く。


 ピンクタワーの内部に家を建てただけの空間は描写するのも空しい。殺風景な同じ景観の中を猫を肩に乗っけたまま少し移動する。右耳から卵のピアスを外し、そっとそれを巾着袋に落とす。


「機材の手配でおばさんが忙しくなるのはまだ先になりそうです。ですが……破壊の命令は下ったけれど、その事実は歴史には刻まれてはいない。隠されているなら必ず見つける」猫の頭をなでるとゴロゴロと喉を鳴らす。


 そう。探し出してやる。その為にこのアゼルバイジャンの地を選んだ。

 そして。マザーAIは人類の理想像として彼を選んだ。

 自分を設計した―nənəナナを誕生させた人類に敬意をひょうして。

 そんながただ寝ているはずがない。意識的行動であろうと無意識に押しだされた行為だろうと、短いその35年の人生の英知の結晶を無碍にするはずがない。

 かく言う俺は尚、それよりまだ生きてもいないのだけれど……だからこそわかる。

 非力な存在を合理化する試みを彼が行っていたのならば、人間の弱さを知っているのならば、ピストルでバーンと脳天を打ち抜く前に、なにか考えるはずではないか。

 俺と同じようにそこにリビドーが存在していたならば、心に反逆のレジスタンスが眠っていたのならば、透明人間であるはずがないっ!

 

 人は真白ましろをあるく。そこに足跡を残して。







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ピーチフル! ~永久凍土で春を待つ人々~ プリンぽん @kurumasan

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