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(過去ログ) ё 雑談、連絡、掲示板

気楽になんでもどうぞm--m
駄目だし、創作論もここに書いてくださいm--m

44件のコメント

  • プリンぽんさん、こんばんは。

    おすすめ頂いた小説読ませて頂きました。
    文体的な話をしますと、今自分が書いている小説に似てて「やばい、影響されそうだ」ということで、7話で止まっています(笑)。

    アイディアは面白いですねぇ。
    擬人化自体は、そこそこ使い古されたものですが「あらゆるものが」ということで、それぞれにキャラ付けされてて、その辺りは新鮮でした。

    物語のつくり方としては「アニメなどの原作としての小説」というよりは「アニメを文章化した小説」のような感じですね。
    マグネット! さんはあまりまだ見て回ってないのですが、こういう作品が多いのかな? 

    ちょっとまだ見た話数が少ないので、アレコレ言いにくい部分があるので、まずはそんなところです。
  • >しろもじさん

    相変わらず酔狂なことにお付き合いくださりwww
    よく創作論を話している人何人かにも提示させて貰ったのですが、思ったより酷評が多くw あれ? 俺の感覚がちょっとあれなのか? それとも完全に好みでツボにはまっただけ? っと思っておりましたが、気に入って貰えたようで嬉しいですw

    そうか~文体似ているかな?

    確かに格調が高い作品かと言えばそうではないかもしれませんが、はたして単純に萌えを意識しているだけなのかと言えばそうではなく、私自身は非常に作家性なり天性のものを感じたので提示させて頂きました。

    分析の手法として一端、作品評価の前に逆からたどりますと、

    『自分にその発想があるか』と考えてみたり、いろいろあり得ない発想を捻出する課程ですべてを擬人化との発想にたどり着いたとしても、『実際にそれを作品に起こそうと考えたか』を検証してみました。

    そしてなによりその設定を『端的に映像として』書き表すことができるか?『言葉のチョイス、セレクトをピンポイントであてられるか』などを作品批評の前に置きますと、これはまた全然違ったものになるように思うのです。

    無論、読者が感じる魅力の大部分は萌え要素であったり、それを具現化した映像化であったりはするのでしょうが、はたしてこれを自分の手の範囲でものにできるか? っと考えた場合、一つ一つの映像化などを逆から考えますとできそうもないなっとの結論です。

    大丈夫w 私も7話までしか読んでませんwwww
    もし中だるみなしで行けたらこの作者は相当才能あるんだろうな~と考えながら怖くて読めていませんw(時間がなかったのもありますが)

    先々読んでいけばまた色々出てきそうなのでちょっと保留でm--m
    マグネット!はいろいろな作品がありますが、それほどカクヨムと大差はないと思います。仕様に関しては酷似しているので別組織? とかんがえたりしましたが、書くのも読むのもカクヨムが今のところ最強ですね。それとマグネット!のほうが、子供から大人まで一般に広いお客さんの層を狙っているので若干、とんがり具合は抑えめなのかなと思います。

    ともかく、今の段階では作品を作る過程から眺める練習としてスタート地点から制作過程を想像して自分の創作にどうにか取り入れたいなと考えています。
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    まず、文体云々はちょっと書き方がまずかったかもしれませんが、私が今書いていて、まだどこにも投稿していない小説に似ているな、というう話です。ややこしくてすみません。

    ここまで6作ほど投稿してきたのですが、それなりに崩してみたり、普通に書いてみたりしている中で「ちょっと思いっきり柔らかく書いてみるか」とやっているところなんですよね。

    その小説に似ている……というわけではないのですが、方向としては同じベクトルっぽかったのと、私自身がまだそういう書き方をマスターしきれていない(気を抜くと戻るw)ので、ちょっと待ったとなっているわけです。

    ちょうど7話あたりが区切りがよかったというのもあるのですが、文章に慣れてきたのか、もしくは作者さんのスタイルが整ってきたのか、その辺りの方が序盤より読みやすくなってきていて(序盤はスルスル読めなかった)その分「一時休止」しやすかったのかも。
    そう考えると、読みやすい文章も好かれ悪かれ? とも思ってしまいますが(笑)。

    で、私が書いてる小説は「マグネット!」に初投稿しようかな、と思っています。「カクヨム」と、できれば「なろう」にも同時、もしくは時期をずらすかしながらやりたいかな? と思っています。
    規約的には大丈夫なのかな? まだ登録すらしていないので、これからなんですけどね(笑)。
  • >しろもじさん

    まずマグネットは仕組み自体を把握するのにちょっと手間取りますので、

    https://tech.akanequest.jp/magnet_manual/

    こちらの使い方の初歩と

    https://www.magnet-novels.com/introduction

    こちらのサイトが提示している入門編を見ないとわかりにくいかと。

    面白い試みで、読み書きはカクヨムとほぼ仕様が同じなので、それに関してはすぐに移行できます。カクヨムとは違い縦組みはありませんが、そのかわりルビ機能の他に注釈を加える機能(もうすでにそれを利用した優秀な作品もあります)もありますのでなかなかのサイトだとは思います。

    しかし他のサイト同様、読まれるかどうかは作品以外のところでなにかないと読まれにくいのは同じですw
    それと小説サイトはものすごく数が多くて、複数を扱うとなると大変な手間になりますので、新規の作品だけを投稿するのは手堅いかも知れません。私はカクヨムとマグネット!だけですが、それでもマグネット!のお付き合いで磁界を集めたり(他作品に行って読まずにPVとスクロールしたりw)お返ししたり(本来はそんな必要はないのですがw)で結構大変は大変ですw

    で、最初にもどりますが、サイトの試みは斬新で、人がまだ集まっていないぶんカクヨムよりはきちんと読んで審査しているのかなと思います。対応も早いですし、サイトを利用するネットユーザーの心理を熟知している。なので、今までのワナビに加えてほんちゃんでラノベを愛読している学生にも受けが良く、陰湿ではない印象。
    柔らかい文体を目指しているのなら、合っていると思います。

    ですが、やっぱり複数サイトは付かれますけどw


    話を本筋にもどしますと、
    私はしろもじさんとは逆で、初っぱなのアイデアと表現がツボにはまったのですが、途中ストーリーと説明箇所に欠陥があるのと文章がなめらかになった(私自身が描写を極力しないで鋭角に表現しようとやっているせいも大きいですが)ちょっと離れた感じかな? しかしここまで読ませたのですからストーリーには入ったわけで読者として。なのでここからさらに盛り上がれば作品としては面白いなと言ったところで止まっています。

    このまえのコメントで少しふれましたが、なぜこの作品をたたき台にしたかと申しますと、作品の結果だけを判断するのではなく、その制作のスタート地点、制作過程を想像してみることで、作品を評価するだけでは得られない気づきがそこにありはしないかと考えたからです。
    で、自分では思いつかない発想、表現の仕方、などがあるこの作品についてもそうですが、前に議題にありました ”キャラ” についても、そのキャラを認識、定義、するだけではなく、その出発点である制作過程を考えていけば、単純にキャラの魅力を分析したり定義するだけに留まらず、もっと実践的に実際の創作に役立つのではないかなと。

    まあそうは言っても難しいですがw

    子供の頃に作品を読んだときの吸収力やのめり込み方はもう望めないけれど、同じ作品を読むにしても大人なりのやり方、テクニックで、そこから要素を抽出できれば勝負ができるのかなっと。

  • >烏丸新太さん

    お返事遅くなりましてツイッターでは失礼しました。
    最近あまりカクヨムを頻繁にはチェックしていないものでw

    紹介など恐れ多いですが、よろしくお願いします。
    批判などもオールフリーですm--m
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    マグネット!の件、ありがとうございます。参考にさせて頂きます。
    ただ、あれから色々考えてカクヨムでやっている電撃のヤツに(ついでなので)応募してみよっかな、と思っています。
    いずれにしても、そのうち進出はするとは思いますが。

    文章にしろ、ストーリーにしろ、引っ掛かりのないスムーズなものというのは基本的なところと言えばそうなのですが、あまりにも引っかかりが少なすぎると、逆に目が滑る、というか、先へ先へと進みすぎて想像力が付いてこないというか、そういう気がします。加齢のせいかな?(笑)。

    とは言え、今みなさんが読む環境を想像するに「静かな場所でゆったりと読書」なんてのは少なくなってきているのかな? と思ったり。
    そう考えると、あまり難しくなく、読みやすく、引っ掛かりのないものの方がより読まれる……のかな、と思ったりしています。

    制作過程というのは、あまり考えたことがありませんでした。
    投稿作品については、ある程度「あぁ、ここは苦労していそうだな」とか「この部分は乗って書いているな」というのは感じたりしますが。
    逆に「プロットなんて作ってない」という即興系の作者さんの小説は、全然読めないなぁ(小説を読めないじゃなく、そういう意図が読めない)と思ったりもします。

    一番は「作者すらも読者になってしまう」という作品が良いのでしょうけど、なかなか難しいものです。
    しかし、そういう視点で見る、というのは、なかなか新しい発想で面白いと思いました。
  • >しろもじさん

    俺もあれですよ。マグネット!本格参戦はまだまだです>< とりあえず公募に向けてが先で、次にマグネット!用の下書きかな。カクヨムのコンペは合いそうなのがないのであきらめています。

    制作過程のお話は余談です。
    実際に、作者が意図して書いている部分なんかは少なくて、どうしてこの発想ができて、こんなストーリーを生み出せているんだ? と考えてもその答えは『書けるから書ける』だったりします。意識的な領域でしていることよりも無意識の領域のほうがあまりにも大きいので繰り返しますが『書けるから書ける』。
    でもね~それじゃ身もふたもないのでw こっちとしても少しでも自分の領域でフィードバックできる要素を探す方法論として、ひとつ制作過程を想像するに至ったわけでw

    それが間違いの想像であっても、ひとつの取っかかりにはなるかなと最近作品を読むときはその作品の結果だけではなく、それに至った経緯を勝手に想像するようにしています。

    プロットに関しては、短期的に捻出するアイデアなんて知れているもので、それこそプロットを作るには相当練り込んで練り込んでいかないと、読者を裏切ったり超えたりする発想は生まれない。その場で思いつくアイデアなんてのは、読者も想定しますからね。その想定を意識しながら土壇場で超えられれば最高ですけれど、なかなか理想通りにはねw

    逆にプロットを作らない場合はその場、その場で、かなりの苦労を強いられる。故にエタり易いともいえます。ですが、ひとつ大きいのはその場その場で当然、読者が考えうるであろうところの少し先を捻出できれば、プロットで長時間の捻出をしなくとも、読者を裏切ったり発想の先を提示することができる。それと同時に、ライブ感みたいな魅力もうまれるのかなと思います。

    文体については、自分も今、悩んでますね。
    マグネット!に長編だす前に様子見で三題噺挑戦してるのですが、一作二作は評価低くてもあれなのですが、三作目がw
    俺は無駄にツイッターの発信力があるのでプレビューはそれこそ他の方の作品の申し訳ないくらい付くのですが(ダントツトップ)いいねがまったく付かない。付かない比率で行くとこれまたトップw

    自分自身、えーここまで砕いて書いて原因はなに? です。
    同じコンペに参加している人との牽制でもなくて(ツイッター宣伝だから)ちょっと今、まじ悩み中です。
    https://www.magnet-novels.com/novels/53907
    自分としては学生さんから中年層まで網羅した形でまとめもそれこそ本ちゃんで書いたつもりなのですが・・・orz

    マグネット!登録なしでもパソコンなら読めると思いますので、もしなにかの機会に思うところがあればm--m



  • プリンぽんさん、こんばんは。

    あー、そうなんですね。マグネット!系のツイートが多いから、結構力入れているのかな、と思っておりました。

    「書けるから書ける」
    まーそうですよね(笑)。でもたまにカクヨムの応援コメントなんかで、自分が意図してなかったことを書いて頂いたりして、ドキッとすることがあったりします。
    冷静に考えてみて「あー、そう言われるとそうかも」という部分があったりで、そういう試み自体は間違いじゃないとも思いますけどね。

    私は本格的に書き出してまだ1年にもなりませんが、確かに書けば書くほど、書く側の思惑とか、意図とかを考えて読むことが増えているような気がします。純粋に楽しめなくなった分、同じ書き手としては良いのかな、とも思いますが。

    今日から投稿始めた小説が、プロットなしでやっているので、その辺り心にグイグイきます(笑)。
    エタらない自信は……あるっちゃあるんですけど、じゃぁストーリー的に面白くまとめられるの? と言われると「うーん」となってしまいます。

    思いっきり高い壁を用意して、それをなんとか超えられることを考えて、それでいて事前に伏線も練り込んで……となると、即興では流石に難しそうです。
    まぁ、今回のは日常系なので、そこまで練らなくてもいけそうだ、というのがあるからできるんですけどね。

    文体、難しいですね。自分の話ばかりで恐縮なのですが、今回の小説はかなり砕いている……つもりです。具体的には「一文を短く」ですね。でも、たまに逆を行って長文にしたりもしているのですが。

    確かにプリンぽんさん、ツイッターフォロワー凄いですもんね。
    うーん、個人的には裾野が広がれば広がるほど、ピンポイントでの評価は下ると思うのですが……ちょっと違う?

    今、掲示してもらったURLの小説を読んできましたが……。
    文体的にスラスラっと読めますし、オチとしても良いのではないでしょうか?
    マグネット!の読者層と合わない、ということなのかな?
    これ、カクヨムには投稿されてないですよね?
  • >しろもじさん
    リプが届いてなかったようなのでm--m
    https://www.magnet-novels.com/novels/54284
    本当はこの方の作品みたいなのを提示したいのですが、どうもみずみずしさに欠けるものしか書けず・・・orz

    >今、掲示してもらったURLの小説を読んできましたが……。
    文体的にスラスラっと読めますし、オチとしても良いのではないでしょうか?
    マグネット!の読者層と合わない、ということなのかな?
    これ、カクヨムには投稿されてないですよね?

    変に悩んでしまって申し訳ないm--m お手間を取らせました。
    私の場合はリツイートをほぼ執筆中に無意識にやっているのでツイッターでの発信力はあるから読まれるのは読まれるのですが、しろもじさんが仰るように自分の分析でも悪くないと手応えがあってアップしたのですが、どうもイイネを押させるだけの力が作品に無いようです。
    先に提示した作品のようにみずみずしくないし、逆に小さくコンパクトにまとめすぎてるのか? 文体か? とw
    あれはマグネットにしか提示していない(三題噺の一応コンペ)ので、カクヨムならもうちょっと評価違うのかな?と思ったり。
    やはりマグネットは学生比率が高いからそのせいかもしれません・・・orz
  • つづき

    文体に関してですが、正直、思考を伴うものは読まれません。
    物語にのめりこませてしまえば多少はそれも緩和すると思うのですが、基本的にはそうです。
    それはやはり横組みで読むことに原因があるようで、自分でも感じていますが、同じ文字列を読んだとしても横組みはただ読むだけ、縦組みはそこに思考が入る、もしくは無意識に言語的なつながりを処理できていると感じます。
    ですから創作の提示としては今はカクヨムやマグネットを使っていますが、こと読むことに関してはできうる限り本を読むようにしています。

    無論、関係性のある方々や参考にすべき作品には目を通しますが、それは読むと言うよりエッセンスを抜くだけにしています。
    矛盾をしていますが、こと横組みを多く読むことは作品を作る力を失わせるのではないかと考えています。
  • つづき

    ですから、ネット投稿においては一文は完結に組み合わせで表現するほうが正解だと思いますが、ストーリーに関してはやはり斬新なものを提示しないと読んではもらえないわけで、表現としての力で処理できない分、余計にピンポイントで狙っていかないと評価されないのかなと思います。
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    すみません。DM見落としておりました。

    で、今見てきました。

    みずみずしい……。くだけている、ってことでしょうか?
    あくまでも個人的な感想ですが、一文の長さとか、段落の多さとか、そいう部分の違いはあるかな、と思いますけど、どうなんでしょうね?

    下の方に書いてらっしゃることにも通じるのですが、最近「パッと画面を開いたときの文章の密接度」というのを考えたりしています。

    「読みやすさ」という点で、もちろん文章自体の力もあるとは思っていますが、特に今どきだと「開いた瞬間ブラバ」というのが多いんじゃないかと。

    漢字のひらきなども関係してくるとは思うんですけど、その辺りを知りたくって、今カクヨムに書いている『きみとぼくのダンジョン再建記』という小説では、一文の長さをできるだけ短くしています(漢字比率は無視)。

    てか、その辺りも最後に書かれている部分なのかな?

    ネット小説を読んでいると、ストーリー云々以前に「文章としておかしい」というものが結構あったりしますが、そういうものでも読まれていたりして、結構考え込んでしまいます。

    もちろん、そういうものでも「意味としては通じている」のは確かなので、そういうのでも良いのかなぁと。

    いずれにしても、その辺りに無理に迎合する必要はないとも思っていますが、いかんせん、読んでもらえないことにはどうにもならないので、その「読んでもらう」という要素が何なのか? 

    ストーリー、キャラクターって言ったって、1話だけで魅力が伝わりきることってないじゃないですか?

    1話のPVはフォロワーさんの多さだったり、タイトル・キャッチの秀逸さだったりするのかな、と思いますが、2話、3話となるとどうなんだろう? 

    すみません。私もなんか言っていることが分からなくなってきました(笑)。酔ってはいないのですが。

  • >しろもじさん

    私は大喜利出身者なので作品に対する第一は発想になります。
    ちょっと提示する作品が偏ってますねw
    ですが、その作者さんはプロの方で、三題噺用にちょっと書いたみたいな感じなのでこの方がまた本気モードでシリアスなものを書くとまた違うのかも知れません。
    発想や表現に関しては、所謂、擬人化であったり、盲点を突くものであっったり、絵をダイレクトに見せたり、色々なものがあると思いますが、ひとつこれはよく大喜利で話されることですが、『前提の取っ払い』があります。
    盲点を突くにも似た要素はあると思いますが、既存の固定観念や思い込みを打破する、設定そのものをひっくり返す。無論、それで物語が壊れてはいけないのですが、ファンタジー設定で逃げるのではなく、現実ストーリーでもその『前提の取っ払い』ができれば、ひとつ最上級の表現になろうかと思います。ですから提示した理由としては、
    あとは柔軟な発想『巨大な磁石』の段階でみえている世界が広い。鉄ではなくなんでも引きつける『固定観念打破』主人公が不細工『同じく』男子のキャラクターの意外性等々の部分です。

    さて本題ですが……読みやすさはまったくわからないw
    漢字の開きに関しては、事・こと あたりに関しては開いていくのが望ましいのかなと思います(ではなくおもいます)。ですが漢字で一瞬に意味が伝わる良さも無視するわけにも行かず、せいぜい小学生が主人公であれば開き気味にするとかしかわかりません。

    縦組みならひらがなばかりだとなんじゃこりゃな見た目になりますしw

    >「文章としておかしい」
    これは執筆環境によるところが大きくて、前後の文章を比較検討できない画面で書かれている人はある程度しょうがないようです。知り合いにも小説は面白いのにここまで誤字脱字接続がおかしくなるか? となっている人がいますが、やはりタブレットで書いているそうです。それと幼少期の読書量があまりにも少ないと、すごく頭の良い作者でも細かなニュアンスを選択するときに間違えちゃったり曖昧になるそうです。それはまあマイナスではあるのですが、訂正すればいいことですし、落ち着いて見直せばわかる部分なので。

    求められているのが毎日更新であったり、文字数をある程度量的にこなさないといけない側面が有り、どちらかと言えば誤字などが発生するリスクよりも多く書くことが今のラノベでは求められているのだと思います。最終的に校正でなんとかすれば出版社は面白ければそれでいいのだと最初から作家の文章力は重視していないのではないでしょうか?
  • つづき

    もともと文章作法は縦組みで書かれること前提なので、

    ……なども昔は私は2連で使ってはいませんでした。なぜか増長な感じがしたからです。ですが、最近は基本的に横組み前提のテキストでも作法には従って書くようにしています。
    ただし 空行 に関しては仕方ないですねw

    本当はひとかたまりの文章から意味が変わったら字下げするのが最強なのですが、それでは横組みではどうしても目が滑るし無理ですね。

    前に書きましたが思考の面でも縦組みと横組みでは、働きが全く違う。100キロのポテンシャルが下手すれば50キロでない速度まで落ちる。
    こういった人間の目の特性や思考能力を鑑みても、横組みでは横組みで読まれやすいものをできる限りは作法を遵守しながら模索するしかなさそうです><
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    >プロの方で

    あぁ、知らぬとは言え、失礼しました。
    まぁ、確かに主人公ブサイクの辺りは、あまりない展開ですよね。

    読みやすさ云々については、先日ある本を読んでいたときに思ったことだったんですよね。
    その本は小説ではないせいもあってか「段落、改行ほとんどなし」でびっしり書かれておりました。
    元々、ネット系の改行多めの文章だけでなく、比較的文章が詰め込まれている本でも平気なのですが、それでも読むのに苦労しました。
    若い人、というよりは「本をあまり読まない人」にとっては、より漢字のひらきであったり、改行であったりなどの工夫が必要なのかなぁと思った次第です。

    そしてタブレットで書いている。これは驚きました。そうなんですね。多分いるんじゃないかな、とは思っていましたが、やはりそうなんだ。
    まぁ前から携帯小説なんてありましたから、今更驚くことではないんでしょうけどね。

    あくまでも個人的には、なのですが、誤字脱字よりも「文章としてのおかしさ」は小説を読んでいるときに気になる要素です。
    それは多分、誤字脱字ならすぐに理解して流せるのですけど、文章がおかしいと「?」となり、何度か読み返すハメになるから、だと思います。

    とは言え、プリンぽんさんの仰るように、違う要素が求められているんでしょうね。悪く言っているわけではなく、今のラノベなどの刊行ペースを見ていると「そんな部分に拘るより、とっとと書いちゃいな」となるんでしょうね。

    もしくは以前よりも投稿がしやすくなった反面、たくさんの作品が出てきて、そこまで細かく見ていられない、というのもあるのかもしれません。

    縦横の話もそうですね。
    自分の書いた小説なり文章を、縦組みにしてみると「なんじゃこりゃ」ってなりますもんね(笑)。
    ただ、縦書きで書いた小説を、横組に直すとこれまた「なんじゃこりゃ」ってなって難しい。
  • >しろもじさん

    まあ発想という部分でたたき台に提示しただけなのでw

    体裁もそうだけど、一文に含まれる内容も大幅に減っています。大昔に書かれている文章なんかは現在読んでも容易な語彙で書かれていても理解するのには相当の思考を必要とするものがほとんどで、(○○○○)の内容は一端置いておいて、次の接続詞からの内容がひとまとまりでそこを踏まえて(○○○○)てな感じでしょうかw

    昔から現在の流れで、読解力を必要とされる文章は敬遠され、横組みで読まれる量が増えるこれからは更に加速する。そうなるとしろもじさんが仰る「文章としてのおかしさ」もますます増えてくるでしょうね。
    書き手のレベルの低下です。

    縦組み横組みは最初から決め打ちでどちらかに特化して意識して書かないとどっちつかずになるのでしょうね~><

    なんかなにも結論がなくてすみません。
    そのあたりは自分も手探りっすw
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    まぁ、結論は出ない話になっちゃいますからねぇ。
    私としては、話している中で「あ、なるほど」ということがあれば、それはそれで収穫ですから、それはそれで良いとは思いますが。現に、こうやってお話している中でも、なかなか面白いことがありましたし。

    一文に含まれる内容……。確かにそうですよね。文章は難解な方が高尚だ、という気はありませんが、あまりにも平易になりすぎると、これまたどうなんだろう、って思っていまいます。

    まー、自分のレベルは置いておいての話ですが(笑)。

    ちょっと前に話題になってた「キンキンキン」なんかも、そうかもしれませんね。擬音って、個人的にはありだと思っていますが、やりすぎるとあぁなっちゃうんだ、という例と言えるかも。

    その辺りを「いや、今の読者はそういうのを求めているから」と割り切るか「やっぱ駄目でしょ、それは」と貫き通すのかは、難しいところです。
  • >しろもじさん

    擬音に関しては難しいですね。
    これも作品によって違ってくるでしょうから、考え方にもよりますが、あえて描写ではなく擬音で表す作品があってもいいようには思います。

    すこし話をずらしますと、私は大喜利出身者で、大喜利の発想力ではとてもトップに勝てなくて小説を書くようになったのですが、大喜利のトップランクの方は発想力はもちろんなのですが、おしなべて表現力もある(短いセンテンスで)。そしてなにより擬音のセンスが抜群です。
    それは語呂だけではなく、字面においても同様で、繰り返えしますが、センスとしか言いようのない使い方をします。

    なのですが、いざその字面を縦組みにしたらどうか? それを昔、検証した結果、擬音(特にカタカナ表現)においては大変な違和感がありました。無論、語呂(発音)にかんしては問題ないのですが、総合的に考えて普遍的な表現かと考えれば答えは否でした。

    表現をするうえで、普遍的な価値を作ることが一つの目標ではあると思うので、その意味ではマイナス要因かと。
    ただしその創作物が読者が求めるものを提供できているのであれば、そこに普遍的ではないという理由だけで、価値がないなどと誰も評価できないわけで……やはり答えはでない問題かも知れません。
    昔ながらの古典文学からの流れなら一刀両断できたのでしょうが、今はほとんど常識だとされてきた作法、様式、もライトノベルの普及以後、急速に状況が変わっている時代なので。
  • つづき

    ちょっと話をずらしすぎましたが、同様に説明ではなく描写が一等とされている考え方もあると思いますが、現在のラノベの一部にはきちんと説明がなされて、その世界観なり設定をきっちり読者が把握でき、そのうえで物語がすすみ楽しめるのであれば、読者は許容する。
    むしろ、描写から読み取ること、文脈から類推すること、文意をくみ取ること、そのものを苦手とし、作者も十分それを理解して読者にあわせ終始説明することで作品を仕上げているふうにさえ思えます。
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    擬音、変な話になっちゃって、ごめんなさい。
    本来地の文で書くべきところを、敢えて擬音でやる。それは間違ってはいないと思います。
    恐らくプリンぽんさんの言うように「センス」が関係してくるのでしょう。

    それと、小説が漫画やアニメと違う点は「情景描写」にあると思っていますが、漫画のような小説を作ると、特に情報が多くなりがちな戦闘シーンなどの際に、擬音が入っていた方がテンポが良くなるのではないか? そんなことも思ったりしました。

    説明と描写は難しいですね。どのくらい書くべきなのか、というのが未だによく分かっていません。
    テンプレに沿った小説であれば「お約束」の部分を簡略化したりする手法もあったりするようですが、そうでない場合ではどうなのだろう? あまり書きすぎは良くないと思ったりもしますが、とは言え優れた小説の中には丹念に書かれたものも多かったり。

  • >しろもじさん

    こっちこそとっちらかってw 最近、三題噺ノイローゼなので許してw

    ひとつ、

    説明=読者に理解を求める文章

    描写=読者に体感して貰う文章

    と、一義的に分解しますと、やはり専門書などと違い小説においては、理解よりも読者の方に体感して貰う、追体験して貰う、ほうがより優れているとは思います。

    これは単純に、主人公に同質化して一次の享楽をうけとる読み方としての代償行為とは質の違う分析だと思います(それはそれで素晴らしい作品なのですが)

    つまり、読者にその小説世界を理解させるに留まらず、その世界においての読者の独自の思考であったり、他者の人生と体験を追体験することで、作者がかりそめに作る世界を提示するだけに終わらず、読者自身が
    作者の意図を超えての思索する、その先にあるものを手に入れる。

    そういったことが文学としての価値ではあろうかと思います。
  • つづき

    しかしながら、先ほど仮に分析しましたが、実際の説明と描写の境界線はあいまいで、しかも小説とはセンテンスの複合体で有り、説明の延々とした羅列で結果的にそれが描写なり読者の追体験を担う物であったりするので単純な色分けは非常に危険だと思います。

    せいぜい表面的に見て、この文体は翻訳文臭い。脚本をそのまま映したようなものだ。説明文だ。と短絡的にぱっとみ判断してるだけになってしまっているように思います。


    ライトノベルに関しては、本来、例えば中二病的な作品を扱ったものであるならば、一人称で書かれるものが100%だと仕組み的には考えがちですが、実際には三人称客観で書かれているものが多いくらいです。

    分解しますと、非常に感動を生む素晴らしい価値をもつ作品においても、それは元来からあった描写ではなく、文体的には説明の積み重ねによって(翻訳文的)本来、描写によって読者が引き起こすであろう、追体験を実現している。

    それと並行して、完全に同質化することによって(本来の同質化ではなく、楽しめる要素を添加して)一人称で読者に満足を与える作品群があるのかなと今は考えています。
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    三題噺ノイローゼw 

    まぁ、私もワケワカメなことばかり言ってますから、お互い砂から砂金をすくうような感覚でいきましょうw

    と言った先から

    説明=読者に理解を求める文章

    描写=読者に体感して貰う文章

    になるほどと思いました。

    最近ですね。カクヨムで「1話読んだけど、まったく意味が分からない小説」というのを探していまして。(応援コメントとかは、全く書き残さず、新着から適当にピックアップしたもの)
    どのくらい「頑張れば」分かるようになるんだろう、って試してみたんですけど、どの小説でもだいたい5話≒10,000字〜15,000字くらい読めば、おおよそ分かってくる、ということが分かりました。

    ただ、やはりそれは説明であり、描写じゃないんですよね。感情移入はともかく、世界に入り込めはしない。
    つまり説明とは、ある程度のページ(文字数)を重ねれば、行うことが可能であるけれど、描写し読者の頭の中に、その世界を作ってもらうには、やはり描写が必要、ということかな、と。

    人によっては毛嫌いするであろう「俺の名前は◯◯。高校2年生だ」みたいないかにも解説的な文章でも、考え方によっては、手早く説明してくれた方がいいよ、という需要もあるのかもしれません。

    まぁ、プリンぽんさんのおっしゃる通り、それらを一括りにして「ああだこうだ」と決めつけてしまうというのは、やはりよくないことでしょうね。

    できるだけ違和感なくやる、ってところにセンスがいるのでしょうかね?
  • >しろもじさん

    あれはあくまで自分の頭の中で整理しやすいからそう解釈をしているだけで正規の定義ではないのでw

    三題噺ノイローゼですね~><
    前に読んで頂いた探偵ですよ! も梅賞にも届かず・・・orz
    先の2作はわかるけど探偵ですよ! の落とし込みでコンペ外すのはショックといおうか短編は死ぬほどトレーニングしたのになんか変な方向性にいってるのかとさらにノイローゼになり今度はSF提出したところですw

    「俺の名前は◯◯。高校2年生だ」は書こうとすれば書けるけど書かないかな~w あえてそんな雰囲気をだすためにに使うことはあるけれど>< ですが、それしか書けない作者の作品が面白くないかと言えば全然そんなことはなくて、その裏にものすごい発想やアイデアがあるものはやはり面白いですし、文体、やちょっとした創作の体裁などは、ラノベに関しては必須ではありませんし、そこはコテ先の部分なのかもしれません。



  • つづき

    ですが、
    >どの小説でもだいたい5話≒10,000字〜15,000字くらい読めば、おおよそ分かってくる、ということが分かりました。

    この部分に関しては違うと思います。
    やはりそこまで来ると駄作。
    説明の羅列であっても最低限、世界観や方向性とさらに面白そうだぞと思わせなければならない。それができないと物語に入ったあとで更に面白みのあるアイデアがあるとは思えません。
    ライトノベルに関しては一般的な小説においての感覚は甘えになるのかなと思います。
  • つづき

    何をもって違和感を覚えるのか?
    難しいですよね~
    面白い作品は例外なく、すっと入る。
    中には面白い作品であるにも関わらず、でだしだけ下手くそな感じで違和感があるものもありますが、それもかなり短い文字数でリカバリしていると思います。ずっと違和感は駄作ですw

    やはり作者のかかりすぎで、情報量を詰め込もう詰め込もうとまえのめりになるのが一番その可能性が高くて、読者あっての小説と考えると自分の発想を誇示するまえに読者の脳内をイメージしてその範囲内で導入して世界観が埋まったところでスパートをかける。

    それと一般書籍みたいな価値を高める前提での序盤などは、ラノベでは通用しなくて、その意味では、いったん書いた序盤を、読者がすっと入ってこられるレベルまで分解して落として、それから端的な言葉で多くの情報量や感覚を伝えられるように更に推敲していく工程が必要なのかと思います。

    これ全体でセンスと言っちゃうと身もふたもないけれど、センスで序盤が書ける、書けちゃう人はいるので、そのタイプでないならどうしてもやらないと通用しないのかな~と考えてます。私は完全に後者なので、面倒くさくてすっ飛ばすと大抵序盤でブラウザバックですw
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    『探偵ですよ!』駄目でしたか。まぁ、しかし、この世界「受賞しているのが良作である可能性は高いが、良作が受賞するとは限らない」ものですからね。運、とか流れとかもあるのでしょう。仰っている通り、次ですよ。次々行きましょう、お互いに。

    10,000字〜15,000字の話はごめんなさい。ちょっと誤解があります。
    私も「それはそれで駄目だ」とは思っているんですよね。
    でも「もし、それでも読み続けてみてみたときに、どのくらいで物語が頭の中で構築され『続き読んでもいいかなぁ』と思えるのか?」というのを知りたくって。

    あまりこういうのは言いたくないのですが、中にはその倍ほど読んでも「?」としか思えないというものもあったりするので、まぁ平均としてそのくらいかなと。

    私自身、まだよくまとまってない話なんですけど、前にぷりんポンさんが「1話から2話で1/3になるのは当たり前」って言ってたじゃないですか?
    確かに私の小説でも、そんな傾向があります。
    でも、作者側からすると「もうちょっと読んでみてよ」みたいなのがあって(笑)。
    自分の小説だと、それがはっきり分からないので、人様の小説で試してみてたんですよね。

    まぁ「頭の中に入ってきたからと言って、面白いのか?」とか「だからと言って、そのまま読み続けるのか?」と言われると、これまた微妙なので、あんまり意味がないことだったかもしれませんが。

    序盤の情報量というのも、確かに難しい話です。
    特に一般文芸のような「現代を舞台としたもの」や、ライトノベルにありがちな「異世界転生」だと省略しても構わないものでも、独自の世界を持つ小説だと「理解してもらうために描写・説明」が必要になってきます。

    その辺りのさじ加減。公開すべきタイミング。書けば書くほど、分からなくなってきている……みたいな気がします(笑)。
  • >しろもじさん

    まあテーマお題や三題噺は最強のトレーニングで発想誘発ですから駄作でも参加するだけで伸びますからね。
    第3回はSFですでにだしてますけど、第4回は知り合いの人の作品が完璧な出来だったのでちょっと躊躇w なんとか頑張って錬ってだすかどうかな~と悩み中w
    「1話から2話で1/3になるのは当たり前」はネット小説サイトではしょうがないですよ。もっとひどいケース(作品は良くても)ありますし。
    敵情視察や牽制もある。それよりなにより横組みだと読みづらく、すぐに集中が切れます。縦組みの7割程度の難解さ、2割増しの面白さがないと読まれませんw

    個人的には「理解してもらうために描写・説明」は一場面切り取りをよく使うので、必要な説明は後回しでもかまわないのかなと今は考えています。つまり、おもしろいと思える設定、絶対的に最低限必要な設定はきちんと提示して、総合的に必要な説明は後出しでもかまわないかと思います。100あるうちの30程度でとりあえず物語が進行できるのであればそれで進めて(伏線程度は入れておく)のちのち伏線を回収する段になって説明や描写を添付する。

    最初から構築したものをすべて提示するのはなかなかに困難なのかなとw


  • あぁ、確かにそうですよね。>三題噺

    私も書いてみようかなぁ……とか単純なので思ってしまいますね(笑)。

    あまり他の方のPVは見ないのですが、ちょっとだけ見て回ってきました。
    星が3桁4桁ある方は別として、結構凄いことになっているんですね……。
    中には、最新話が0行進になっている方も。
    でも、それでも書き続けるのは凄いことかもしれません。
    自分だったら心が折れてしまいそうですから。

    7割程度の難解さと、2割増しの面白さですか。
    あぁ「面白いと思える設定、絶対的に最低限必要な設定はきちんと提示して」というのは、なるほどです。
    そこは、欠けていると思いますね。自分には。

    じっくり提示するというよりは「急いで書いている」感じがします。
    ふーむ、なるほど。参考になります。
  • >しろもじさん

    >私も書いてみようかなぁ……とか単純なので思ってしまいますね(笑)。
    おもしろいとは思うし、マグネット!は早く結果が出るのでトレーニングにはうってつけです。が、多少は心構えが必要かとw
    想定している読者とのすりあわせ、選者の傾向などなど、戸惑う部分も出てきます。
    わたしはテーマお題(大喜利から出発w)三題噺は死ぬほどやったのでw ある程度は一通りこなしてきましたが、はじめてだとかえって迷ってしまう危険も。

    単純に読者のリアクションがこちらが想定しているものではない場合もおおいですし、ときにはあさっての方向の意見も出てきます。しかしそれも含めてすべての意見は糧になるのですが、それによってぶれぶれになってしまうのも考えもの。
    ですが、目をそらせて独りよがりになっても意味がありません。

    三題噺などでは作者個人の力の発露としての意味の他に、ストーリーを提示して判断を仰ぐ長編とは違い齟齬も生まれやすい。

    でもそれは、お客さんである読者との意識の遊離を図る絶好の機会ですし、ときには作品によってきっちりお客さんを切っていく場合の判断基準もできるのかと思います。

    たたき台がないのでわたしの例で上げますと、

    【ファンタG】三題は散々やったので遊び。加えて力量の誇示

    【美しき彫像】2ちゃんなどで一作目がルール違反だと叩かれたようなので、普通のもかけまっせ~~~的にだす。


    【探偵ですよ!】おっしゃ取りにいくぞ。で、引っかからずこれが一番ショックw

    【方舟より風に乗せて……】女性にも受け入れられやすいものの方が良いのではないかとフォロワーさんと話になり、途中の文章はざらっとした書き方にして文体自体は平易。ラストは好きな人が多いのではないか?

    【※これは人様の作品・茜色の残響】ツイッターでお知り合いの萩尾 滋さんのを第4回にだす前に読んで、あまりに出来が良かったので(ですがラノベ中心の読者層に受けるかはわかりません)、だすのを躊躇してでもそれもトレーニングだと割り切る。

    【蕗の葉の下の人】先ほどの作品に対抗して、どちらかと言えば作者および一般書籍・純文学施行の人向けに書いた。文体的には滑らかにして、切り捨て、ラスト前の絵で見せたい(ほぼ萩尾氏個人向けw)

    ってな流れですw
    一応、散々やったといいましたが、4回程度でこれだけ右往左往すったもんだで悩みまくってますw
    次回は完全にラノベテイストで書こうかと検討中。赤ちゃん言葉もありでちゅばぶー。



  • プリンぽんさん、こんばんは。

    なるほどなるほど。

    しかし挑戦しないと成長はありませんからね。

    って、プリンぽんさんのコメントに触発されたわけですが、今見たら明日が〆切? 第4回ということは、第5回もあるのかな?

    あれば挑戦したいなぁ、とか思ってます。

    そう言えば、時々「大喜利」って出てきますが、寄席ですか? 噺家ってやつでしょうか?
    「らくごのご」みたいなやつ?

    それにしても、改めて見るとたくさん投稿されているんですねぇ。
    一部は読ませて頂いてますが、まだのやつは後で読ませて頂きます。

    ラノベテイストっていうのは、個人的には難しいなぁと思っています。
    意識すればするほど、なにを持ってラノベテイストというのか? というので悩んでしまったり。
    今カクヨムに連載している小説は、その辺はあまり意識しないで、一番自分がしっくりくるくだけ方で書いているんですけど、以前ラノベっぽく書いた小説は「自分の文体にうっすらラノベっぽいのを乗っけただけ」みたいになってしまって。

    まぁ、そもそもラノベをほとんど読まない、というのも問題なのかもしれませんが。
  • >しろもじさん

    俺の投稿は話の叩き台ってだけですw こんな紆余曲折で参加してますってだけw
    第4回にかんして評判のいいもの2作
    https://www.magnet-novels.com/novels/54564
    https://www.magnet-novels.com/novels/54711
    第3回までは受賞作を読む方が傾向はわかりのかなっと
    でもコンペには乗らないけど僕は個人的にいいと思う作品は他にもたくさんあります。

    で、第5回は「満月」、「ロマン」、「泥」で発表されました。

    私も参加しようとは思います~w


    >時々「大喜利」って出てきますが、寄席ですか?

    これはネット大喜利のことです。IPPONグランプリなどしりませんか? 芸人さんが良くっている大喜利と同じものをネットでやっているのですが、規模もかなり大規模で種類も多種で、歴史も古くトップレベルの発想力はものすごい。ラジオのはがき職人とニュアンスは近いかも知れません。それをやっていて小説書くきっかけになったのでよく話に出ますw お題を貰ってボケる(回答する)小説を書く。ほぼ一緒の行動ですw

    ライトノベルはわたしもてんでわかってませんね。
    書きたいかと言われれば書きたいですし、でもその表現が是が非でもしたいかと言われると、やはりもっと幅の広い普遍的なものかなとおもったり。

    それにもちろんライトノベルで勝負するならライトノベルを読まなければなりませんが、販売されている書籍のライトノベルとネット小説で受けている文体なり設定なりお話がイコールでもない。これがまさに難しいところですw

    でも本音を言えば、あまりにも程度の低い読者向けに書くのが嫌だとの意識はあるかもしれません。ですが、そのお客さんの層を真剣に狙うとすれば、書き手にはやはり相当の実力と力がないと通用しないと言うのも同時に分かってもいます。難しい門ですね~><



  • プリンぽんさん、こんばんは。

    第5回、出てましたねぇ。現在、小説の新作のプロットで頭が回ってないので(笑)、落ち着いたら、ちょっと考えてみます。

    IPPONグランプリ……。ググってみたら、あーってなりました。あんまりTV見ないのですが、何回かは見たことあると思います。
    へぇぇ、ネット大喜利でぐぐってみたら、結構あるんですね。知らなかったなぁ。

    ラノベはそうですねぇ。未だに「ラノベとは何か?」みたいな記事が出てきたりしてますからねぇ。
    カクヨムもなんですが、なろうとかでラノベっぽいのを見ていると、正直「こんなんでええんかいな」と思うものがあるのは確かで。もちろん、そうでないものもありますし、それを狙って書いているとしても、ねぇ……みたいなことは思います(書き手云々ではなく、読み手側の話です)。

    個人的には、自分の世代は結構、人口ボリューム的にも多いはずなので、もうちょっと大人よりの小説でもいいんじゃないかなぁとか思いながら、でも、そういうのが出てこないということは、ネット小説との相性が悪いのかなとも思ったり。

    でもまぁ、何作か書いてみて、なんとなく分かったのは「中途半端は一番いけない」ということかな? と思っています。微妙に崩したり、微妙に硬かったり、それが統一されていなかったり。
    そういう意味では最後に仰られている辺りでしょうかねぇ。

  • >しろもじさん
    因みに第3回の松賞はこのあいだたたき台に提示してお読み頂いた
    なんでも引き寄せ磁石を手に入れたっ!
    でした。
    書き方としてはやはり従来の小説の書き方ではなく、ライトノベルというよりネット小説においての形はある程度、このような形になるのではないでしょうか?

    もうひとつ、マグネットばかりでもうしわけないのですが、(これは読む必要はないので単に提示)
    https://www.magnet-novels.com/novels/50267
    さきゅばす☆の~と!


    いわゆる従来の小説の形式ではなく、脚本(脚本はト書きとセリフ)とまではいかなくても状況の説明と会話文の組み合わせに見えるかも知れません。(地の文にところどころ主人公の視点が入る)

    この二つを提示してなにを言いたいかといいますと、従来の小説を読むそうとは違い、今求められているのは絵とアイデアと設定(物語)。
    これは読者の質にもよると思いますが、こちらが考えている以上に今のネット小説を読む読者は文脈から類推する、想像力を働かせる、自ら絵を構築するなの作業が苦手、もしくは苦痛に感じていると言うことです。
    これは従来の小説においての綿密な描写によって情景を浮き彫りにするなおかつ、主人公の内心を表せたり暗示したりするのとは少し違い、もう少し直接的なのだと思います。

    いわゆる暗喩(メタファー)や匂わせるなどの行為は、無論必要なのだけれどもそれは本編のクライマックスであったり極まれにしか使用されず、概ね、はっきりとした絵を直接的に提示しないといけないと言うことだと思います。

    読者の想像喚起を期待するのではなく、はっきりと絵と設定を明示する。それからやっと読者はその物語を楽しめるという流れになるのでしょう。
  • つづき
    ライトノベルと一般的な小説のどっちつかずは良くないのはその通りだと思います。

    先にあげた2作も一つは短編、一つはマグコンで一番評価の高い作品であり、ネット小説としてきちんと徹底していると思われます。
    他にも例作をあげましたが、設定、絵を明確に読者に提示して、そのうえで物語を展開するというのはかなり難しくそれはそれ一般の小説とは違う力量も必要になってくるでしょう。

    とはいえ、私などは先ほど悪い例とした丁度、中間の小説を書く者としてはそれはそれで創作としてありなのかとw
    過渡期ではありますし、これからその部分も変化をしていくのではないかと考えています。
    無論、コンペでとろうと思えば、それでは読者層もそうですし、ネット小説を熟知している主催者にたいしては通用はしないかもしれません。

    いまのところこんな感想ですね~。

    大喜利は歴史もありますし規模も種類もびっくりするほどありますよ。
    でも根底は小説を書くことと同じで、レベルもまちまちです。
    最高の層の発想力はそのまま直接、他の創作物に匹敵する程です。

    小説、アニメ、映像、そのほかもろもろ源流は同じで混じり合ってはいくのでしょうね。
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    >文脈から類推する、想像力を働かせる、自ら絵を構築するなの作業が苦手、もしくは苦痛

    この辺りが、テンプレの好まれる理由かもしれませんね。
    ちょっと前の話に戻りますが、特に序盤はそれが求められそう。
    ラノベなんかだと、まず登場人物が絵で紹介されて、挿絵までありますからね。
    絵が描ければなぁ……(笑)。

    やはり「ラノベからステップアップして」という層というのは、あまりないんでしょうかねぇ。

    どっちつかずの件は「凄く頑張ってラノベっぽくしているのに、いつの間にか一般文芸っぽくなっている」という自分の反省ですね(笑)。
    なんか気を抜く……というわけじゃないんですけど、書き進める、もしくは書き直していくにつれて、ドンドン戻っちゃうんですよね。

    中間を意識して書く、というのは有りかもしれませんね。需要云々は置いておくとしたらですが。

    そういや、うちのブログでも取り上げたんですけど、チャット小説っていうのも、最近流行りつつあるのかな? と。
    そんなのも含めて、混じり合う、もしくは棲み分けていく、という形になるのかもしれませんね。
  • >しろもじさん

    要所、要所に絵が差し込まれたり、チャット小説『会話文に特化した小説』(状況説明を会話内でしないといけないけど軽い)などなど、漫画と小説の中間のような表現は増えてくるでしょうね。それと例えば、文章でそれを表そうと思うと非常に大変な状況、複雑な内容も絵で表記すれば一瞬で伝わるものも往々にしてあるわけで、小説、漫画、根っこは同じであっても特性は違う。逆に絵では大変だけれども、文章で言語化して読者にゆだねる(本来、小説はそこが優越する特性ですが、最近はもっと直接的)ことによって、絵で表す労力を軽減できたりと、あると思います。

    やっぱ漫画家最強かなw 小説しか書けない場合、絵を他者にゆだねたとして両者の連携、コミュニケーション、原作者の意図を伝えるのも言語化ですから、そこがうまくいかないと難しい。
    それを一人でこなせる漫画家は凄いし、原作者と作画の関係は作品→作品になりますから、我々が小説と漫画の中間の作品を書くよりはもっと効率がいい。中間の創作物がこれから出てくるとしてもなかなかすんなりとはいかないでしょうね。

    どうにかこうにか小説の書き方で対応しないとw

    >どっちつかずの件は「凄く頑張ってラノベっぽくしているのに、いつの間にか一般文芸っぽくなっている」という自分の反省ですね(笑)

    これは一緒ですねw わたしは文体をころころ変えるので作品から作品に戻す時には読み上げが必要になります。なにもラノベから文学的だけではなく、一人称で書いていてもそののめり込み具合、三人称でも神視点中心から他視点などなど、ぶれることよくありますよね><


    その予防策としてはそれまで書いてきた筋をもう一度読み直すという方法があります。
    これは大変手間のかかることですが、得られることも沢山あります。
    以下、辻仁成先生か構成本とか入門書の内容だったとおもわれますが

    Aを書く。
    Aを読んでからBを書く  =   Bを書く前にAを読む
    これの繰り返し、

    Aを書く
    Aを読んでからBを書く
    ABを読んでからCを書く
    ABCを読んでからDを書く
    ABCDを読んでからEを書く

    当たり前のことを言ってますw けれど、これの意味としては

    ※伏線の後付けができると言うことです。

    つまり、
    Aを書いた 次はつづきのBを書く それからCを書く
    これは脳内では自然な流れです。

    しかし、途中経過を読んでから次を書き始めると、必ず途中経過のなにかをその発想の起因としますので、勝手に後付けで伏線と回収が行われるのです。

    ちょっと分かりづらいですけれど、

    ABCDEFGHI までを読んでからJを書こうとすれば、Jで書く内容の発想の起点としてそれらが含まれます。つまり、JにおいてはAその直近の
    HやIで書かれている事柄に引っかけて書かれるだけではなく、時にはEであるとかBであるとか読者が忘れているであろう(でもJで掘り起こされれば当然思い出す)内容にひっかけて書かれるわけです。

    つまり自然な伏線と回収が起こります。


  • つづき、

    ちょっと、文体のぶれを修正するとか一定に保つお話とそれこそぶれましたけれどw

    非常に手間はかかるけれどもメリットもある。
    方法論としてはできれば2種の利益もあった方がいいので、そういったことも加味しながら考えた方がいいかもしれません。

    発想の掘り起こしも、音楽を絶対的に必要とするのは10代のときですから、影響を受けたのもその頃に聞いた音楽です。最新の情報を会得するのも方法ですが、個人の脳内の影響を鑑みれば、10代に夢中になった音楽、それこそ映画をもう一度見直すなどの方法が有効だったり。

    方法論や発想を考える上では、常に角度を変えてやってみることが大切なんでしょうね。なかなかできませんけどw

    ひとつラノベに寄せて書くのも大切な取り組みですけど、それ以外に方法はないか? と考えてみるのもそれのひとつかなと思ったりします。
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    チャット小説って、プロの方(っているのかな?)は違うかもしれないんですけど、投稿されているやつは「学校の教室での何気ない会話」みたいなのを延々と書いてたりして「あぁ、これって小説っていうか、他人のLINEを見ているような、そんな感じのか」って思いました。
    一般文芸とラノベの違いどころではなく、完全にジャンルが違うみたいです。

    でも、そういうのを好む子たちにとっては、地の文がズラズラット書いてあるようなのは、逆にブラバ対象なんでしょうねぇ……きっと。

    最近注目しているのが「音声小説(聴く小説)」で、AmazonのAudibleはちょっと前からあったんですけど、最近ローンチしつつあるWritoneっていうのがあるんですよね。
    そこでは「小説家」と「声優」のタマゴをマッチングして、ひとつの作品を創る、というようなことをやっていく(いきたい)ということなんですが、それのイラスト版っていうのもあったら面白いかなぁとか思ったり。
    マグネットでも、いくつかデフォルトの絵があったりするみたいですけど、被りすぎるということもありますからねぇ。
    絵が描ければ……絵の才能があれば……と思っちゃいますけどね(笑)。
    まぁ、おっしゃる通り、小説書きは小説でなんとかしないといけないのが、本当のところでしょうけど。

    読み直しの件は、今連載している小説ではやってはいたんですけど、投稿ペースが早すぎて、追いつかれてしまった(笑)。
    でも、仰られているように伏線は貼りやすいですよね。
    ただ技能的に未熟なので、すぐ「あ、これ伏線?」って読まれちゃいますけど……。
    前に書いた「序盤」と、伏線の件は今後の課題です。

    10代ですかぁ(遠い目)。
    あ、でも、映画や小説を見直すっていうのはいいかもですね。
    無理してラノベを書こうとあがく、という道もありますが、確かに自分の土台となったものを見直すというのは、有効な気がします。源流をたどるみたいな。

    なかなかできなくても、しないよりはいいですもんね!
  • >しろもじさん

    取り急ぎ読み返しの件だけm--m 

    またゆっくりお返事書きますm--m

    読み直しの伏線の件だけれども、もうすこし違う意味です。

    伏線を俯瞰から眺めて、この箇所にしかけこの箇所で回収する手法は大仕掛けの場合は有効です。
    わたしがいう読み直しの伏線と回収は別です。

    >ただ技能的に未熟なので、すぐ「あ、これ伏線?」って読まれちゃいますけど……。

    この部分がおそらく違います。

    Cにおいてこのような描写があったとしましょう。

    === ラルフは母の病室で途方に暮れていた。話せと言われてもなにを話していいのか分からない。かつての彼女に対する恨みはないし、かといって花瓶に生けられた赤い花はやけに毒々しく目に映り、素直にもなれない。風にゆれるカーテンからときおり碧の庭が見える。そこには団らんがある。家族の誰かが病気なのであろうこの病院のなかでさえ、家族のだんらんがあった。=====

    とします。この文章に最初は意味は無いわけです。適当に今わたしが書いた文章です。
    読み返しにおいては、次を書く場合には事前に書いた文章のどれがが発想のキーになります。
    つまり、後付けで、

    >赤い花は青い花でもいいわけです。どっちだっていい。
    後付けで赤い花である必然性をかける。

    >毒々しい
    なぜに毒々しいのか? つまり母親の再婚相手から送られた花だったのかも

    >緑の庭ではなく、碧にしたのはあとにわかる

    などなどw

    先に話がもどりますが、読み返しの後付け伏線回収はこういった意味合いです。
    つまり、俯瞰で意図的に仕掛けた伏線は大仕掛けにはむいているのですが、不自然さが残る。残らないように直して滑らかにしなければならない。


    この小さな仕掛けは、書いた当初は意図はない。適当にかいた描写です。自然です。で、それを読み返してから次を書く場合、発想の起点(とっかかり)は先に書いた文章の一部分であることが多く、後付けで適当に書いても、読者からは自然な伏線と回収となるわけです。
    これにはデメリットもありますが、そこはまあ長くなりますので。
    とりあえず、わたしの書いた意図はそんなところです。

    ちょっと入門書を読みあさり出典もあきらかではなく、わたし個人の見解もかなりふくまれていますので分かりづらくて申し訳ない。

    とりあえずそこだけ。

    お返事はまたゆっくり落ち着いてからかきま~すw

  • プリンぽんさん、こんばんは。

    私も上の部分について、取り急ぎレスしておきます。

    あぁ、言い方が悪いかもしれませんが「後付けの伏線」ってことでしょうか?
    書いた時点である程度散らしておいて、それの中から後に回収していく、という感じ?

    なるほど。
    確かにそれは、今連載している小説の初期の段階ではやっていました。
    が、結局話を進めて行く段階で徐々に物語が複雑になってきて、最終的に上に書いたように「戻って伏線を置いてくる」というようなやり方になってしまったんですよね。

    そうか。置いてくるをやるから、わざとらしくなってしまうんでしょうね。もしくは、書いている段階で後の展開を考えて置いてしまうとか。
    それらが読み手に「あぁ、これ伏線だよね?」と思わせてしまうほど、あからさまになっていたんだと思います。
  • >しろもじさん

    ここで最初の議題に、文体の一致の話に戻りたいのですがそのまえに。

    >「戻って伏線を置いてくる」
    これは悪手だと言うのではなく、ただその場合は伏線を置いた前後との違和感や齟齬、不自然な流れが生まれやすく手直しが必要になってくる。

    どんな方法論をとろうとも作品を仕上げる労力は同じようにかかるわけで、それをどこに注力するかだけのお話だとは思いますが、>「戻って伏線を置いてくる」と言う作業を別のアプローチで考えるとプロットを徹底的に錬ってそこを作っておく方法があります。


    人間の思考としては、すぐに思いつくことと錬って錬って考えてはじめて生まれる思考やアイデアもある。
    読者は読み進めるスピードで思考しますから、作者は圧倒的に時間的アドバンテージはあるわけです。

    ですから普段は読者が考えるのと同じ思考、アイデアを提示し、もしくはそのちょっとだけ先を提示する(これが一番読んでいておもしろいところだと思います)で、肝心なところで練りに錬って考えた思考なりアイデアを読者にぶつける(時間の余裕はたっぷりあるわけなので作者は)

    そう言った意味で、伏線の大仕掛けや意図的な仕掛けはプロット段階でやっておき、細かい伏線回収は自然な流れで勝手に起こる方が違和感はないかと思います。


    で、文体の一致に関しては(しろもじさんはラノベ文体から一般に流れやすい)(他もいろいろ)書いていた前段階を加味して思考、発端となればそれほどの偏差、落差、断絶は起こらないのかなと思います。

    プロットを練ってどうしてもそこで場面転換せざるおえない、またはそこで必須として書かなければならないことがある。このような時にやはり文体の一致を考えると、先の文章を読んで、たとえ意図的に文体を変えざるを得ないところであっても起点として据えればぶれは少なくなるかと思います。
  • つづき

    今回私が提示した一連の流れは、

    プロットを作成する。練りに練って大枠、箱、大仕掛けは作る。

    順番に書いていくが、書いた文章を読んでから書き始め、思考の起点として前の文章をインプットして、文体の一致と細かな伏線と回収を行う。

    という一連のプロセスを加味してのお話です。

    ですからこれも方法論の極一部というかアプローチのしかたの一つとして作成手段方法として考慮して頂ければと思います。
  • プリンぽんさん、こんばんは。

    >手直しが必要

    ですよね。経験済みです(笑)。
    しかしまぁ、労力的には整合性を取ったりと大変な作業にはなるわけで、今投稿しているヤツは大変なことになっていますが、前の小説ではプロット段階で荒書きをしつつ前に戻って置いてくる、という手順でした。

    プロットのつくり方にもよるかと思うのですが、いわゆる箱書きだとなかなか想像が膨らまないんですよね。
    で、結局書いちゃう。
    ざっくりとでも書いていけば、なんとなく雰囲気が掴めてきたり、展開が見えてきたりするのですが。
    すごく大変と言えば大変なんですけどね。

    >ちょっとだけ先を提示する

    あー、これはなるほどですねぇ。
    確かに目の前で話しているわけではありませんから、考える時間だけはたっぷりありますもんね。
    どこまで提示しておくかという計算できるわけですね。

    文体の一致に関しては、やはり練り不足が原因かなと思います。
    前を振り返って、という行程の不足と、説明などで固くなる部分を(例えば会話に置き換えたりするなどして)柔らかくする……というのかな? 自然な感じにするという部分で、時間をかけなきゃいけないなぁと思ったりしています。

    次作も手がけているんですが、こちらはかなり込み入った話になるので、プロット段階で時間を掛けている、というか掛かりすぎているとも言う(笑)わけですが、その辺りを考慮しながら作っていこうかなと思います。
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