第3話
夕暮れを背に宿屋まで辿りつけば、窓辺にりっぱな大根が干してある。
「教授かっ!」
二階に駆け上がり、戸口で声を掛けても返事がない。
ドアを開けると「むほー」「ほうぁ」二人がゴーグルを装備して小さく
「はぎゃぁああああああああ」
「むぉお大峰大峰大峰」
教授とアルフェスは大声を上げ、同時にソファーから転げ落ちた。
「なにするんすか、
「セレン様。ひどすぎまするぞ。山に飛行船がぶつかってしまいましたぞい」
「この美しい街の世界観にVRは無粋だ! 折角こんな辺境にまで来たのに雰囲気が台無しになる!」
少女は腰に手をあてて、プンプンと怒っている。
「簡易式のVRなんて、匂いも触覚もないから映画と一緒っすよ。そんなことより、ブルーバードから聞きやしたぜ。姉さん金も持たずに来たそうじゃないですか」
意趣返しにアルフェスが反撃した。
「んぐぅ」少女は一瞬ひるんだが「ミスは誰にでもあるっ!」と、開き直った。
「どうやってここまで?」
「普通だ。海中都市から最寄りの楽園地帯に出て高速バルーンで一気に経度を移動。そこから様々な世界感を順繰りに泊まり歩いて……ジャパネスクとかスチームパンク(動力源が蒸気の世界)とか……」
「? ………もしかして海中都市からその恰好で? ジャパネスクもスチームパンクも世界観シカトして、中世ヨーロッパ仕様のその赤い鎧のままで?」
「服装をいろいろ準備するのは面倒だし、昔からヒラヒラの洋服はどうも苦手でな。最終地点の世界観だけ合ってれば、問題なかろうと……」
「かはっ…………どっちにしろ飲み食いもすれば宿にも泊まったんでしょ? そりゃみんな気をつかって料金とらなかっただけっすよ。踏み倒し! 追いはぎや、ゆすりたかりとおんなじっす」
アルフェスは両手をあげてやれやれのポーズを作った。
「まぁまぁ、無事にたどり着けたのなら問題はないでしょう。セレン様も余程ここの世界観が気に入ったようですな。わしも堪能しましたわい」と、教授が割って入り、
「同じ地上でも楽園地帯のゴロツキ共とはわけが違う。ここでは、VRはおろか機械さえも拒絶している。ゆるいスチームパンクでさえ蒸気以外の動力は否定している。労働の対価として貨幣を受け取り受け取った貨幣の範囲内で生活する。いわば貨幣という制約を自らに課しながら、自らが選んだ世界観を規範としてあえて厳しい環境で人間らしい生活を営んでいる。だからこそ冬にはA級ブリザード吹きすさぶこの地でか弱き人間が暮らすことができるのです。そのエートス、信条こそが素晴らしい」
宣言し高らかと拳を突き上げた。ブルーバードが上空をピヨピヨと周回している。
「説明なげーよっ! 堪能してんじゃねぇ! そもそも教授は一週間前に到着して、準備してなきゃおかしいんだぞ。いったいどこで道草食ってたんだ」
「手前にあるここと同じく中世ヨーロッパ世界観のもっと大きな街で……」
「なにしてた?」
「恋をしておりました」
「かぁ~! やっぱ売春宿にしけ込んでいやがったか」
「下世話なことを言うな、アルフェス。たしかにお相手は恋愛家業の女性だったが、リビドーはあってもフェルナンデスは役立たず。わしはただ、純粋に恋をしていたのですよ」
教授は両手を広げ、それを縫うようにブルーバードが8の字に旋回した。
「チッ! バーチャルでやれることをいちいち実写でやる必要性がどこにある。この街の世界観だってポーズだけだ。マザーAIの恩恵無しに生きていけないのは一緒。表向きは中世ヨーロッパの街並みを再現してても、一階はすべて空っぽで超高性能断熱材が壁や床に使われてる。まだなんでもありの楽園地帯のゴロツキ共のほうが理解できるぜ」
「寒さで一階は凍りつくからそれは仕方が無い」
「そこが自作自演の演劇みたいで気持ち悪いってんだ」
「まぁまぁ」少女は自分への追求の矛先が変わったのを確認して二人を制した。
「ともかく現実世界のクエストを我々はこなさねばならない。教授は急ぎではないと言ったが、私もアルフェスも詳しい内容をまだなにも聴かされてないのだが……」
「おお、そうでしたな。夕暮れも終わり白い夜になったのでここの二階からでも見えるでしょうっ!」そう言うと教授は宿屋の二階窓から外を指さした。
「う~ん。取り立ててなにもないが?」
「よくご覧ください。白い夜を背景にピンクの筋がうっすらと見えませぬか?」
「ん? そういえばそんなのがあるな……なんだあれは?」
「あれが今回のクエストのピンクタワーです」
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