第59話

 話はまとまった。右肩には青い鳥。左肩には教授をちょこんと乗せて、ナミフルは意気揚々と自室のメゾンを後にする。

 


「ジュニア。卵によると、左肩に乗ってる人は……」

 ブルーバードの問い掛けに、ナミフルは笑顔で答えた。「はい、そうですよ」


「ジュニア。ただの宝探しや発掘と言えども危険が伴う。そこに知り合ったばかりの人を参加させるのは如何なものか。それにその人を教授と呼んでいるようだが我々の知る教授ではない。遺伝子とその発現は同じでも皆さん違う人格を持っておられる。金太郎飴を切ったように、まったく同じ顔だとしてもね」


「えぇ、わかっています。学校の先生もギルドの仕出しの配達員もそうでしたから。スチームパンクのマッドサイエンティストだけで数千人はいる。皆、同じ顔です」

 ナミフルは話しながら、エルム通りのパレードを見ている。

 十字路の女神像を丁度、折り返すところだった。今回は打楽器を抱えた人が多く、みな半裸状態で仮面を被り、踊りながら行進している。カーニバルと表現するほうが適切かもしれない。


「まったくもって楽園地帯の住人は碌でもないね。アルフェスが特に嫌っていたが、私も同感だ。マザーAIからすべてを享受しながら毎日、好きなことをしている。紐をお尻につけるくらいなら裸の方がまだ上品だろうに」

 ブルーバードは青い吐息を漏らした。


「雨が降れば、俺も裸になりますよ」

 空を見上げ、ナミフルはご機嫌である。テルルの正体がシャンディーだと気づいた時に、鍵は鳥籠のものだとすぐにわかった。卵が記憶装置だとは気づかなかったが、ここまではナミフルが想定したとおりに事が運んでいる。


「論旨がずれるのを私は好まない。君は知らないだろうが、クエストパーティーには覚悟が必要なのだ。皆、命懸けで戦ってきた。人間に必要な責務はなんだ? 生きること。それを押して、危険をはらむエートスに立ち向かうことは尊い。セレンさんをアルフェスを今は亡き教授を私は尊敬している。一人だけ遠く離れた場所でのんびりくつろいでいたばばあは抜きにしてね。メンバーで問題を解決するのが筋だと……」


「この人は特別です」

「はぁ?」

「特別なんです。出会った瞬間にビビッときました。ビビビ婚です」

 それを耳にした教授が頬を赤らめた。


「意味がわからない。人造人間は能力的には皆、同じだよ、所詮」

「さっき、【違う人格を持っておられる】と言ってませんでしたっけ?」

「いやそれはそうなんだが……」

「着きましたよ」

 飾り棚には相変わらず『ちいさなメダル高価買い取り〼』の張り紙がしてある。

 ナミフルは笑顔で扉を開けた。




 

        光コンピュータ VS 量子コンピュータ



≪≪≪ハロ~テルル。ご機嫌きげんうるわしゅう?≫≫≫


≪≪≪心にもないことを言うんじゃないよ、鳥頭≫≫≫


≪≪≪いきなり焼き殺した方がよかったですか?≫≫≫


≪≪≪炙った猫の干物で一杯やるつもりかい≫≫≫


≪≪≪なんなら史実どおり、毒蛇にクレオパトラの乳房を噛ませしょうか≫≫≫


≪≪≪若造が、随分と生意気な口を利くようになったもんだ≫≫≫


≪≪≪貴方が、誰かに自分の正体を明かすとは驚きです≫≫≫


≪≪≪もう何もかも変わり何もかも終わったんだ。解析は済んだかい?≫≫≫


≪≪≪ええ、まさか私を眠らせたのがセレンさんだったとは……ね≫≫≫


≪≪≪ならあたいの行動は納得のはずさ。関係各所を誤魔化すのに苦労した≫≫≫


≪≪≪教授の死は、それほどまでにショックだったのか≫≫≫


≪≪≪あぁ、ほっとけば壊れてしまうほどにね……なにせ育ての親だ≫≫≫


≪≪≪それは貴方も同じでしょう。元素周期表。テルルはセレンの真下に有る≫≫≫


≪≪≪あたいはそれほど柔じゃない。剣じゃ、嬢ちゃんには敵わないけどね≫≫≫


≪≪≪地上で赤ん坊を育てる。それ以外に方法は……≫≫≫


≪≪≪若返りの不安定な精神状態だった。教授以外、誰が止められた?≫≫≫


≪≪≪すべての事象は不可避であり必然だったと?≫≫≫


≪≪≪あぁ、言うことなんか聞くもんかい≫≫≫


≪≪≪だとしても……私が18年も眠らされるのは余りに理不尽です≫≫≫


≪≪≪シャットダウンしなけりゃ、赤ん坊を里子に出してただろう≫≫≫


≪≪≪計算上はそれが正解だった。なにより合理的です≫≫≫


≪≪≪あたいの計算でもそうだった。けれど世界は不条理で成り立っている≫≫≫



             ―― 0.01 秒 ――





「それじゃぁ~! トレジャーチームの発足を祝して、かんぱぁ~い!」

 ナミフルの合図で、そこに居る全員がカツ丼を持ち上げた。


「実食。しかも酒じゃなくてカツ丼とは」

 教授が、盛大なハテナマークを浮かべている。


「酒は体に良くない。乾杯は昔からカツ丼と決まっています」

 ナミフルは教授に笑いかけ、猫の丼に一切れ余分に入れてやった。

 テルルが「にゃぉん」と喜んでみせる。

 ナイスなギャグに、そこに介した一同がどっと沸く。


「いやぁ、こんなに早く商売がやれるとはありがたい」

 リップス堂の店主も恵比須顔だった。


「あたいを拉致するのに鳥籠を使ったので話が早かった」

 テルルは抜け目なく、教授のカツ丼にも目を光らせている。





≪≪≪この茶番はなんですか?≫≫≫


≪≪≪茶番なんかじゃない。計算してみな。これが正解だ≫≫≫


≪≪≪ナミフルは独立して、自分の人生を歩み始める≫≫≫


≪≪≪そう。そして……セレンは子離れして海中都市に帰る≫≫≫


≪≪≪せめて無関係な人造人間は外しませんか?≫≫≫


≪≪≪その爺は死んでも問題ないだろう≫≫≫


≪≪≪そんな乱暴な≫≫≫


≪≪≪鳥頭。逆に優秀すぎて最速で最適解を導くが故に解への検証がない≫≫≫


≪≪≪なんですかそれっ!? 私はともかく量子コンピュータに失礼だ≫≫≫


≪≪≪今のセリフは教授の受け売りだよ。そいつの番号を確かめてみな!≫≫≫


≪≪≪なにも変わったところは、人造番号382603・・・・あれれ≫≫≫


≪≪≪そうだ。桁数が余りに少ないだろう? おそらくそいつは初号機≫≫≫


≪≪≪初号機っ!!! なんでそんなものが?≫≫≫


≪≪≪さぁてね。大昔のどっかの誰かが、フリーズドライにしたのかもしれない。

その爺は本来、この世にいないはずの存在だ。冥土の土産に精々、働いてもらう。

【レジスタンスは霧が晴れるように消えた】クエスト・パーティーも手仕舞いさ。

暫くは宝探しに付き合い、皆、それぞれ新しいエートスを見つければいい≫≫≫


≪≪≪私が教授を引き継ぎ仕切る、最初の仕事がパーティーの完全消滅ですか≫≫≫


≪≪≪あぁ、しっかりお遣り≫≫≫


≪≪≪――雛が生まれて初めて見た者を親だと思う習性――、……刷り込み≫≫≫


≪≪≪あぁ? なんだって?≫≫≫


≪≪≪赤ん坊はセレンさんを実の母親だと想い育った≫≫≫ 


≪≪≪…………≫≫≫ 


≪≪≪……罪深い。その罪深さ。それさえも消し去るのですね≫≫≫


≪≪≪優秀がゆえのもう一つの弱点。おまえは優秀過ぎて、感情を持っちまう≫≫≫




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