ここは楽園地帯だよ

第52話 

「そのお人は正真正銘、紛れもなくリアルで生後20年経過してない若駒わかごまです。薬で若さを調整しているのではない。漠なる大地生まれの野生児。殴られたらワンパンで即死もありえますのぅ」

「人造人間が偉そうに語るなっ! チッ、田舎者の野蛮人かよ。あほらしい。相手にしてられるか。ペッっ!」

 男は唾を吐き、しれっとムーンウォークで立ち去っていく。



「助かりましたよ、教授。いやぁ、どうしてなのか、俺はここでは嫌われる。これで何度目だろう? 同い年くらいに見えたから声をかけただけ……なんだけどなぁ」

 青年は、黒く長い髪をワシャワシャと荒っぽく掻きむしった。


「見た目はそうでもさっきの礼儀知らずは500年は生きている。ま、若いと言えば、若い部類ではありますがのぅ」

「そうなんだよね。どうも調子が狂っちまう。俺の育った街では、見た目が若いなら本当に若いからね。にしても、争いの元のリビドーを無くし人類は攻撃性を失い……トラブルなんて滅多にないんじゃなかったっけ? こっちにきてまだ三日目なのに、喧嘩をふっかけられてばっかりだ。参っちまう」

 そう言うと青年は日光に透かされ鶸色ひわいろに光る芝生にどっかりとあぐらをかいた。


「それも一つのエートス。若さを選択した人間には往々にして付きまとう日常。日常で有り、大切なこと。大切なことは複雑で穢すことは、空っぽになること、ですな」

「うん。なに言ってるのかよくわからない。教授は小難しいな~」

 青年はあぐらをかいたまま、芝生の上に寝転んで空を見上げた。そんな青年を共通人工言語にしては特徴のあるイントネーションの人造人間が目を細めて眺める。


「…………先ほど出会ったばかりだというのに、どうしてわしのことを教授と呼ぶのかの?」

「あー名前を知らないからさ。名前はなんて言うの?」

「人造人間に名前などない。スマートグラスを覗けば番号はすぐにわかるでしょう」

「これ貰ったばかりで使い方がよくわからない……それに番号で呼ぶなんて味気ないじゃない」

「変わったお人じゃ」

 昼日中。少し離れた通りをパレードが流れてゆく。みな思い思いの仮装をし、ある者は踊り、ある者は楽器を奏で、こころよいざわめきは、二人が寝転ぶ場所まで柔らかく届く。


「ここは日がな一日、お祭りなんだね」

「そうですな。祭りが好きな人は多いですから」

「仕事もしないで……」

「必要がない。欲しいものは与えられますからのぅ。だけれども働きたければ働いてもいい。パレードと一緒ですな。参加してもしなくても眺めるだけでも見なくとも、誰にも咎められない」

「ふ~ん」

 青年はわかったのかわからぬのか、ずっと大の字で空を見詰めている。


「ま、深く考えなさんな。文明を嫌って太古の人間らしい生活を選ぶ『漠なる大地』は特殊ではあるが、ここに住む人も人類全体ではイレギュラーで変則的な変わり者。理解するより身を置いて慣れる方が早いですからのぅ」

 青年につられ、教授もなにかあるのかと空を見上げた。


「やっぱり言葉に含蓄があるなぁ。教授はここで生まれ育ったのかい?」

「珍妙な質問をなさる。家に家人の数だけマグカップがあるように、足りてなければわしらは補充され余分なら排除される。どこで産まれて育とうと同じです」

「誰よりも賢くて、若い頃は運動能力もずば抜けていたのに?」

「変わったお人だ、パート2。能力の差などは些細なこと。そんなのは常識です」

「そうなのか。俺は産まれも育ちもスチームパンクなので常識がないのかも。だけど他人とは思えないんだよなぁ。俺の親は教授に育てられたからさ」

 青年は芝生に伸びた一輪の花を千切り、またもや空を見上げた。


「難解な。つまり、あなた自身は親に育てられたと?」

「そうだよ」

「それは問題ですな」

「どうして?」

「親の育て方で優劣が決まっては不公平でしょう。成長段階は特に大切で拗らせると先ほどの礼儀知らずのように育つ。若さに執着しそれをエートスとする。争いを生き甲斐とする。でも本心ではない。飽く迄、結果としての日常。空しいことですのぅ」

「なるほど理屈だ。物事の見え方とは定点をどこに定めるかによって随分と変わる。一つ謎が解けたよ。養い親に育てられることにも意味はあるのか……」

「それでも親になりたがる。育てることは罪なのに。厳しい環境を選ぶのは、それが理由でもあるのでしょうな。けれどもエートスは自分の為にこそあるべきなのです」

「うん。この世はかつて時間に支配されていた。寿命の概念がなくなり、神の存在を無意味にした。まだ信じている人が身内にもいるけどね。理想的な今(状態)の為に未来(状態)を選択しているに過ぎない」

「先ほどわしのことを小難しいとおっしゃったが、あなたも相当、小難しいですぞ」

「なは。ね、不思議と気が合うでしょう? やはり他人とは思えない」

「合うか合わないか? ……ま、300年も生きれば、そんなことも自ずと関係なくなります。若さは辛い。達観するまでは退屈ですがのぅ」

「退屈なんかしない。ここはなんてカラフルなんだ。知らない花が咲き乱れている。花の名前を覚えるだけで……おっ! そろそろ始まるかな?」

 青年はいそいそと服を脱ぎだして素っ裸になった。教授が目を丸くする。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る