第6話 お見合い その1

「ご、ご趣味は?」



 初老の男の弱々しい声に、イザベルは、胸の内が苛立つのを必死にこらえた。


 テレンス・ハーランド。45歳。三大貴族のキングストン派閥であり、主に商いを担っている。しかし、服はよれていて、装飾品の類もなく、金回りがよさそうには見えない。


 聞けば、一年ほど前に妻が亡くなったらしく、後妻を探しているとのこと。


 子供は、既に2人いるので、もう必要ない。ゆえに、イザベルでもいい、ということだろう。


 その時点で、イザベルは、苛々し始めていたのだが、彼のおどおどとした話し方が、いっそう彼女を苛立たせた。



「趣味と呼べるものはありませんが、好きなことは、剣を振ることです」


「えぇ、えぇ、聞いております。王下騎士団の団長を務めてらっしゃるとか」



 テレンスは、もの珍しそうに、イザベルの身体を上から下まで眺めた。



「いやぁ、女の騎士というだけで、珍しいというのに、団長になるとは、どんな怪物かと思いましたが、なるほど、これならば納得です」



 どういう意味だ。



「貴殿は、いささか身体がなまっているようですが、殿方なのですから、もう少し身体を鍛えた方がよいのではないでしょうか」


「いやいや、私は、剣の方はからっきしで。魔法もできないものですから、銭勘定ばかりですよ。それでも、食うには困らない程度に稼げていますからね。不自由をさせることはありませんよ」



 そんな話はしていない。

 だが、剣とは無関係な生き方もあり、むしろ、そちらの方が多いのであろう。剣が振れないからといって、彼のことを軽蔑けいべつしてはならない。


 イザベルの価値観と合わないだけだ。



「金銭の話であれば、迷惑をかけるつもりはありません。先ほども述べましたが、私は王下騎士団の団長を担っており、持て余す程度の稼ぎがあります」


「あぁ、そのことですが、私との結婚を機に、あなたには、退


「は?」



 不意の言葉に、イザベルは、一瞬だけ殺気立てて尋ねる。



「なぜでしょうか?」


「実は、あなたを迎え入れることを機に、傭兵ビジネスを始めようかと思っているのです」


「それと何の関係が」


「あなたには、このビジネスの旗頭はたがしらになってもらいたいのです。元王下騎士団の団長がいれば、傭兵も集めやすいですし、信頼度も高まります」



 なるほど。


 王下騎士団の団長が、傍らに傭兵ビジネスをするわけにもいかない。彼のプランを実行するためには、団長をやめざるをえないだろう。


 だが。



「そういうことであれば、この縁談はお断りさせていただきます」


「え? あ!? 何で?」



 何でって、わからないのだろうか。



「私は王下騎士団を退団するつもりはありません」


「つもりはないって、そんな勝手な。結婚するのでしたら、私の意見に従うべきでしょ」


「従順な部下がほしいのでしたら、金で雇った方が確実だと思いますが?」


「妻とはそういうものでしょ」



 テレンスは、顔を歪めた。



「な、何を勘違いしているのか知りませんがね、私は、あなたを妻に迎え入れてもいいと言っているのですよ? あなたのようなめとる者などいないでしょ」



 指でテーブル叩いて、テレンスはふんと鼻息を荒くする。



「感謝こそしても、私に意見を述べる立場にないことくらいわかりませんかね」


「勘違いしているのは、貴様の方だ」



 ついに、我慢できず、イザベルはにらみをきかせた。



「私は、貴様の嫁になってもいいと言っているんだ。


「奴隷だなんて。私は、ただ妻とは夫の意見に従うものだと言っているだけで」


「愚かだな。それを奴隷というのだ」



 イザベルは、ぐっと胸を逸らして、テレンスを威圧した。



「女は男に付き従うものだと、そんな古い考えをもっているだろう。だが、あいにく、私は女であると同時に騎士である。騎士に命令できるのは、王だけだ。貴様の命令に従うことなど永久にない」


「な、何を、な、な、なまいきな、ことを……!」


「どうしても!」



 イザベルは、スカートをまくしあげて、太腿ふとももに備えた短剣を取り出し、テーブルに突き立てた。



「どうしても私を屈服させたいというのならば、力づくでやってみろ」



 テレンスが、短い悲鳴をあげた。



「そ、そんな野蛮なこと、そもそも、私は、剣を持っていない」


「これを使え」



 イザベルは、短剣をテレンスの手元に放り投げる。再び悲鳴をあげるテレンスに対して、イザベルは両手を広げてみせた。



「さぁ、私は丸腰だ」


「いや、そういうことではなく、こんなことしても意味がないということでして」


「ほんの一握りでも男の威信があるのならば、剣をとれ」


「え? 話聞いていますか?」


「女が男に従うべきだと示してみろ!」


「何の関係があるんですか!?」


「どっからでもかかってこい!」


「く、く、く、狂っている!」



 テレンスは席を倒して立ち上がり、腐った葡萄ぶどうのように顔を青ざめさせていた。



「う、噂で聞いたときはまさかと思いましたが、とんだ脳筋女のうきんおんなじゃないですか。いきなり、斬りかかってこいだなんて、信じられない」



 脳筋女って。

 そんな噂が流れているのか。



「ガチムキとはいってもそこそこ美人なのに、どうしてのか不思議でしたが、これでは貰い手などいるはずもない」



 ガチムキ?



「で、どうするんだ?」


「ど、どど、どうするも何も、こんなはずかしめを受けて、結婚なんてできるわけないでしょ! こっちから願い下げですよ!」



 テレンスは、さんざん吐き捨てていたが、つまるところ、破談となったらしかった。



! さっさと剣を取れ! それでも玉ついてんのか!」


「あなた、何がしたいんですか!?」



 イザベルが立ち上がると、テレンスは、猫と目が合ったねずみのように身体を震わせ、逃げるようにして、部屋を出て行った。



ーーー


魔法・・・魔法物質に魔力を通した際の現象。火をおこしたり、水を出したり、風を起こしたりできるが、最もよく使われているのは、武具に用いられる身体能力向上魔法。この力のおかげで、王国は、魔境地域からの侵略行為に屈せず、強力なモンスターに対抗できている。

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