三十路の女騎士と逃亡と出会い

第10話 お見合い相手 その1

「ヘヴィコングとお見合いした?」



 やたらと長い廊下を歩きながら、クリフォード・スウィフトは、旧友に言葉を返した。



「また、変なきのこでも食べたんですか? テッドさん」


「いやいや、マジなんだって。ドレスを着たヘヴィコング。もう、見た目も中身もコングで、すげぇ笑えるんだって」



 隣を歩くテッドは、下品な笑い声をあげて、手を打っていた。



「見た目も中身もコングだったら、それはもうヘヴィコングそのものですよ」


「ははは、そうか! ヘヴィコングそのものだったか! そうりゃそうだ! あははは!」



 テッドは、さらに笑い声をあげた。廊下が広いだけに、声が反響して耳が痛い。



「その怪我も、ヘヴィコングにやられたんですか?」


「あぁ、一晩中追いかけまわされて、危うく殺されるところだった」


「テッドさんに、それだけ怪我を負わせるなんて、よっぽど狂暴なヘヴィコングなんですね」



 ずいぶん昔の話だが、クリフォードは、魔境騎士団に所属していた。テッドとは、その頃からの付き合いであり、その強さもよく知っている。


 かのテッドがヘヴィコングごときに怪我を負うはずもない。見たところ、ほとんど半殺しの目に合っているんだが、いったいどんな怪物とお見合いしたんだろう。


 まぁ、包帯でぐるぐる巻きになっても、あっけらかんとしているところは、テッドらしいが。



「で、本当は何があったんですか?」


「いや、本当だって。本当にヘヴィコングみたいな女とお見合いしたんだって」


「本当ですか? 何でまた、そんな人と?」


「え? 冷やかしだけど」


「……あなたって人は」


「そしたら、もう怒り散らしちゃって。やだね、年増としまは。怒りっぽいったらありゃしない」


「そりゃ、ヘヴィコングでも怒りますよ」


 この人、悪気わるぎはなさそうなんだけどな。


「冷やかしでお見合いなんてするからですよ。これに懲りたら、女性にもっと優しくすることですね」


「あぁ、俺はもう懲り懲りだ。だから、後は任せたぞ、クリフ」


「ん? 何がですか?」



 意味がわからずに首を傾げるクリフォードに、テッドは、にやにやと笑いかける。



「お見合いだよ」


「誰が、誰と?」


「クリフが、ヘヴィコングと、だよ」



 何言ってんだ、この人。



「あいにく、僕は人間なんですが」



 ヘヴィコングに欲情するような異常な性癖をもってはいない。



「それに、前に言ったでしょ。僕は、もう結婚する気はないんですよ」


「まぁまぁ、会うだけでいいからさ。絶対に笑えるから」


「人を笑いものにする趣味はありません」


「ほんと、つまんねぇ奴だな」


「価値観の相違ですね」


「昔はもう少しかわいげがあったんだけどな」


「テッドさんは、相変わらずですけど」


「ははは、俺は今でも若々しいだろ」



 若いというより、幼い。子供の心のまま、身体だけ大人になると、こういうどうしようもない大人になるのだろう。



「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく、会ってやってくれよ。俺の顔を立てると思ってさ」


「どういう意味ですか?」


「いや、お見合いにひやかしで参加したことが、主催にバレてさ。こっぴどく怒られちまって、代わりに誰か連れてこいってうるさいんだよ」



 自業自得だ。


 要するに、クリフォードにしりぬぐいをさせいようとしているわけだが。だからといって、そんな狂暴なヘヴィコングのような女を押し付けられても困る。



「何で、僕なんですか?」


「他の全員に断られたからだ」



 正直な人だ。



「僕だって、嫌ですよ。そんな怖い人」


「そこをなんとか!」


「はぁ、テッドさんがそこまで必死になるなんて、よっぽどですね。主催の人は、そんなに偉い人なんですか?」


「あぁ、ずいぶんとおっかない奴だ。昔はそうでもなかったんだが、これだから、女ってやつは」



 そこまで聞いて、クリフォードは、その雇い主の想像がついた。そして、この話を断るのは、いささか難しいということも。


 長い廊下を抜けると、開けた野原に出た。これが庭だというのだから、金持ちの感覚はわからない。



「先生! こんにちは!」


「やぁ、トーマス、こんにちは。今日も元気がいいね」



 待ち構えていた男の子に、クリフォードは、にこやかに返答する。栗毛のトーマスは、この屋敷の所有者の息子で、クリフォードは、剣術指南役として、定期的に稽古けいこをつけにきていた。



「お待ちしておりましたわ。先生」


「これはこれは。今日は奥様もお見えでしたか、キャサリン様」



 パラソルの下で、優雅に紅茶を飲む貴婦人は、このマッキントッシュ家の次期当主の妻、キャサリン・マッキントッシュである。


 身分としては、彼女の方がずいぶんと上だ。それなのに、息子が剣術を教わる手前、こうして丁寧な口調で受け答えをするあたり、さすがマッキントッシュ家の妻といえる。


 しかし、わざわざ、息子の剣術稽古に顔を出すようなことは滅多にないのだが。



「何か、僕に用事でも?」


「用事というほどでもありませんわ。私はただ返事を聞くために待ってましたの」


「返事?」



 クリフォードは、話の流れをおおよそ理解していながら、惚けてみせた。振り返らなくても、後ろで、テッドがにやにやしているのがわかる。



「えぇ、返事です。そこのから、話は聞いているでしょ?」



 案の定である。


 にこやかに紅茶をすするキャサリンを目の前にして、クリフォードは、眉根を揉んで、かるくため息をついた。


 ヘヴィコングは嫌だな。



ーーー



魔境騎士団・・・魔境地域から攻めてくる魔族に対抗するために結成された騎士団。その任務には、魔境警備と魔境探索の二つがある。魔境探索隊は、魔境地域にある魔法物質を持ち帰ることが任務である。イザベルの愛剣、火龍牙も、魔境地域から持ち帰ったもの。致死率が非常に高い騎士団であり、志願して入団する者は、かなり頭がおかしいと思われている。実際に、生き残っている魔境騎士団の団員には、変わり者が多い。

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