第11話 お見合い相手 その2
「絶対にお見合いにいかなきゃだめよ、パパ」
ディナーのビーフシチューで、口のまわりを汚したまま、娘のホリーはぴしゃりと言った。
「そうは言うけど、ヘヴィコングなんだよ。パパ、殺されちゃうよ」
「ヘヴィコングなわけないじゃないの。いつもみたいに、テッドがうそをついているに決まっているわ」
なかなか鋭いことを言う、とクリフォードは感心した。しかし、こんな子供にまで
「ホリーは、ママがほしいの?」
「ううん。私はそんなのいらないよ。パパで十分だもの」
「じゃ、お見合いしなくてもいいんじゃ」
「何言っているの。パパに必要なんでしょ」
「パパに? パパにこそ必要ないよ。ホリーがいるもの」
「バカね。私が大きくなったらお嫁さんにいっちゃうのよ。そしたら、パパひとりぼっちじゃないの」
「お嫁に……」
ずーん、と気を落とすクリフォードに、ホリーはため息をついた。
「もう、まだ先の話なのよ。今から落ち込まないの」
「だってさ」
「ね? パパはさみしがり屋さんなんだから、私がいなくなったら、さみしいでしょ。だから、パパにはママが必要なの」
さみしいって、まったく。
ホリーも、生意気なことを言うようになったものだ。この間まで、便器に
「私もホリー様の意見に賛成です。旦那様は、この縁談をお受けになるべきかと」
メイドのブレンダが、しれっと話に割り込んできた。
「旦那様がおぎゃと産まれてから今日に至るまで、大旦那様に代わって、その成長をしかと見守ってきたことを私は誇りに思っております。ただ、旦那様が独り身であることだけが、この老いぼれの心残りでございます」
ブレンダは、元々、父に仕えていたメイドで、今、クリフォードの家で働く唯一のメイドだ。 銀髪に青い瞳の彼女は、その顔に正しく皺を刻んでおり、凄まじい貫禄がある。年齢はわからないが、クリフォードが子供だった頃から、ずっと歳をとっていないように見えるから不思議だ。
家事全般をこなす一流のメイドであり、ときおり、他の屋敷にメイドの教育にいったりもする。だが、口うるさいのが玉に瑕だ。
「私も老い先短い身でありますが、旦那様を一人残して逝くことが心苦しくて仕方ありません」
「いや、ブレンダさんが心配することでは」
そもそも、この背筋のいい
「まぁ、私のような老婆の代わりはいくらでもいるでしょうが、奥方はそうはいきません。大旦那様も、奥様が亡くなった途端に呆けてしまって、すぐぽっくり
「ですが、僕は
「そうでしょうかね。お嬢様が、
「それは……」
ちょっと否定しきれない。
キャサリンとテッドの強引な誘いを、なんとかはぐらかしてきたというのに、家に帰ってまで旗色がわるいようだ。こんなことならば、話すのではなかったと、クリフォードは後悔した。
なんとごまかしたものか、とクリフォードが考えつつ、ビーフシチューの中の肉塊を突いていると、ホリーが再び、ぴしゃりと言うのだった。
「いい? お見合いにいくこと。いい人だったらちゃんと好きって言うこと。約束だからね」
「でも、ヘヴィコングだからな」
「もう! ヘヴィコングがお見合いに来るわけないでしょ!」
「いや、わかんないよ。ヘヴィコングみたいに筋肉隆々で毛深い人かもしれないよ。もしくは、すごい猿顔とか」
「あのね、パパ。女は外見じゃないの。中身なの。そもそも、私みたいにかわいい子なんて、滅多にいないんだから、そんなの期待しちゃだめなんだからね」
「それはそうだけど」
「それに、うちだってお金持ちってわけじゃないし、パパだってしがない魔法細工職人だし、若くてきれいな人がお嫁さんに来てくれることなんてないんだから。不細工でも、優しかったらいいって割り切らなきゃ」
「……ホリー、とりあえず口の周り拭きなさい。みっともないよ」
「む」
ごしごしと布巾で口の周りを拭くホリーはかわいいなと、ほっこりする一方で、どうやらお見合いをしないわけにはいかなくなったと、クリフォードは、盛大にため息をついた。
ーーー
ビーフシチュー・・・ブレンダの十八番料理。クリフォードも味を真似しようと試みるが、なかなかうまくいかない。ホリーからも「まだまだね」との評価。ちなみにホリーは、危ないからと調理場に立たせてもらえない。「私は食べるの専門だから」とホリー自身も納得している。
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