第12話 脱走劇 その1

 キャサリン宅の一室にて、きれいに飾られて並べられたドレスを目の前に、イザベルは両の腕を組んで、大きく頷いた。


 よし、逃げよう。


 先日、キャサリンの用意してくれた縁談をことごとくだめにしてしまったため、今回はキャサリン宅で、キャサリンを交えて会談をすることとなった。


 そして、ドレスの着付けを受けるために、イザベルは待たされている。だが、本心として、イザベルは、もうお見合いに嫌気がさしていた。


 身勝手なのはわかっている。


 そもそも、結婚したいと相談したのは、イザベルの方だ。キャサリンは、その内容はどうあれ、イザベルのために尽力してくれている。


 無下にできるものではない。


 でも、嫌なものは嫌だ。


 うん、とイザベルはもう一度頷く。


 さて、イザベルは剣の天才などと呼ばれているが、彼女のことをよく知る者ならば、彼女ほど才能のない者はいないと言うだろう。学生時代から、筋がわるく、周囲から笑われていた。


 しかし、イザベルは、剣について決して諦めなかった。努力に努力を重ねて、その果てに、前人未到の領域にまで達したのだ。


 とはいうものの、それはである。


 イザベルは、剣以外のことになると意外と諦めが早く、打たれ弱かった。


 結婚したいと、初めは意気込んでいたものの、パーティに続いて、3回もお見合いに失敗して、


 どうせ、次も失敗する。


 そんなネガティブ思考が、イザベルの頭の中を旋回しており、ずーんと気分を沈ませるのである。


 ゆえに、イザベルは逃亡することを決意したのだった。


 よくいえば、戦術的撤退である。


 よく言い過ぎであるが。


 さて、とイザベルは、どう逃げるかを考えた。キャサリン宅は広く、メイドが数多く働いている。彼女達にみつからずに、屋敷を抜け出すのは、かなり難しい。


 もしも、キャサリンにみつかったら、大目玉である。


 さらに、時間もない。あんまり悩んでいると、キャサリンが用事を終えて、やってきてしまう。


 窓から逃げようかと思ったが、見れば、はめ込みで、逃げるには割らなくてはならない。割るのはさすがにまずかろう。


 どうしたものか、とイザベルが考えていると、ふとクローゼットに目がいった。


 変装して逃げ出すというのはどうだろう。キャサリンは、洋服が好きで、ドレスだけでなく、いろんな服を持っている。


 イザベルは、クローゼットを開いて、中の洋服をあらためた。想像した通り、多種多様な洋服が並んでいる。男物や騎士の服、さらに、東国の民族服などもあり、いったいいつ着るのかと疑問に思う。


「おっ?」


 そこで、イザベルはあるものをみつけ、よし、と頷いた。



ーーー



クローゼット・・・洋服を仕舞うところ。洋服だけでなく、乙女の秘密が詰まっているパンドラの箱。決して興味本位で他人のクローゼットを覗いてはならない。それがたとえ友人であっても、乙女の抱える闇に触れることは避けるべきであり、友人関係の瓦解に繋がる。それほど乙女の闇は深い。底なし沼である。

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