第13話 脱走劇 その2

 少し遅くなってしまった。


 そう思いながらも、特に急ぐことなく、キャサリンは、従者を引き連れ、廊下を歩いていた。


 まったく、教会の人はしつこいんだから。


 教会からやってきた使者の話を、キャサリンは延々と聞かされていたのだ。つまるところ寄付の催促である。


 別に、ケチっているわけではない。定期的には教会に足を運んでいるし、寄付もしている。旦那が、であるが。


 それでも、金をせびりにくるあたり、教会の人間らしい。まぁ、昔ほど信心深い者もおらず、金に困っていると話には聞くけれど、ちょっとしつこすぎる。


 だからといって、教会の人間を突き返すわけにもいかないので、話だけ聞いて、にこりと微笑みだけを与えて帰らせた。


 この美人の微笑みをもらえたのだ。文句も言うまい。


 などとやっている内に遅くなってしまったのだ。


 イザベルは、おとなしく待っているだろうか。こんなことになるのだったら、メイドに支度を任せればよかった。


 友人の着せ替えは、キャサリンの趣味であるが、時と場合は選ぶ。


 今頃、不安にかられていることだろう。


 あんなゴリラのような体躯たいくと、狼のように鋭い目つきをしているというのに、意外とネズミのように小心者なのだ、あの友人は。


 キャサリンは、小さく笑って、イザベルの待つ部屋の前で足を止めた。


 前回のお見合いについて、さすがのキャサリンも、少しはわるいと思っている。それに、大事な友人の幸せを願っているのは本当だ。


 大丈夫よ、ベル。今回の相手は、あなたにぴったりの男だから。それに、私自らが立ち会うのよ。絶対にうまくいく。うまくいかなかったら許さないんだから。


 キャサリンは、心の中で意気込んで、勢いよくドアを開けた。



「さぁ、ベル。お見合いの準備よ。めいっぱいかわいくしてあげるんだから!」



 しかし、キャサリンの声は、誰もいない部屋にむなしく反響した。


 イザベルの姿はなく、代わりにクローゼットは開けっ放しになっており、服を散らかした痕跡がある。


 その場を見たキャサリンは、すぐさま事態を把握し、そして、ぴきりと音を立てて、額に青筋を浮かべた。



「ねぇ、セシル。ベルはどこかしら?」



 名を呼ばれたメイドは、かるく首を傾げる。



「さぁ、お花を摘みにいかれたのでは?」

 

「クローゼットの中のメイド服がなくなっているんだけど、どうしてトイレに行くのにメイド服を着なければならないかしら?」


「奥様、またメイド服なんてものを。前も申し上げましたが、そういう特殊な性癖は控えるべきかと」


「私の勝手でしょ、人に見えるところでやらないんだから。あれを旦那に着せないと気分が出ないのよ」


「そうですか、まぁ、趣味にあまり口を出したくはありませんが。 ……旦那様に? え?」


「で、ベルはどこに行ったの?」


「状況から察するにメイド服を着て、こっそり屋敷から抜け出そうとしたのでは?」


「気づくでしょ! うちにあんなゴリラみたいなメイドいないんだから!」



 セシルは、キャサリンの質問に答えるべく、他のメイドから言づけを受けていた。



「どうやら、すれ違ったメイドは、全員、イザベル様に気づいたようです。ただ、メイド服を着てまで外に出ようとするなんて、があるんだろうと誰も呼び止められなかったとのことです」


「あのバカ……!」



 一度、息を吸って吐いて、それから、セシルにきつい口調で告げた。



矢の騎士団アローズを招集しなさい」


「矢の騎士団をですか? しかし、奥様、旦那様に相談なく、矢の騎士団を動かすのは、いかがなものかと」


「いいから! 今すぐ、王下騎士団のイザベル団長を拘束して、私のところに連れてきなさい!」



 キャサリンの有無を言わせない口調を察したようで、メイドはそれ以上反論しなかった。



「承りました」


「いい? 今すぐよ! すぐだからね!」



ーーー



矢の騎士団・・・マッキントッシュ家の私設騎士団。過去、王下騎士団はかなり横暴であった。そのため、マッキントッシュ家は、王下騎士団に頼らない騎士団を結成した。矢の騎士団結成以降、国民の期待は矢の騎士団に集まり、それをきっかけに、王下騎士団の態度が改められる。現状では、王下騎士団、矢の騎士団、剣の騎士団で協調関係を築いている。当たり前のことだが、決して、私情で動かしていいものではない。

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