第14話 脱走劇 その3
うまくいった。
城と呼んでもさしつかえないほど大きい、キャサリンの屋敷を出て、内門、外門と超えた、イザベルは、1人ほくそ笑んだ。
今頃、キャサリンが、部屋に訪れた頃だろうか。イザベルの不在に当惑しているかもしれない。
いささか、心が痛みつつも、嫌なものは嫌なのだ。
魔が差した、とイザベルは自らのこれまでの行動を片付けようとしていた。
皆がやっている結婚というものをしてみようなどと、似合わないことをしたのが、間違いだった。
人には向き不向きがある。
後日に、キャサリンに謝ったら、結婚はすっぱりと諦めて、おとなしく、王下騎士団の団長としての責務を果たそう。
メイド姿のイザベルは、深く頷いた。
キャサリン宅のクローゼットを探っていたところ、ちょうどメイド服をみつけた。これは使えると、イザベルはすぐさま着替えたわけだ。
メイド姿をしたイザベルを気に留める者もおらず、すんなりとキャサリン宅を抜け出すことができた。
あまりにノーチェックだったことから、セキュリティ的に問題があると、イザベルは心配したほどだ。
次の機会に、キャサリンに、いや、旦那の方にでも伝えておこう。
「とりあえず、訓練場にでも行くか」
そう考えて、すぐさま、自分がメイド服姿であることに気づく。着てきた服は置いてきてしまったし、一旦、家に帰る必要がありそうだ。
外門を出たところは、サウスパークの町はずれとなる。イザベル宅は、ここからサウスパークの中心を突っ切った先にあった。
訓練場へ行くには遠回りだが、仕方がない、とイザベルは歩き出した。
中心街に近づくにつれて、店がちらほら現れて、人の数が増していく。しかし、このメイド服姿のせいか、自然と人が避けてくれるので、歩きにくいということはない。
そういえば、紅茶を取り扱う『
食事や日用品などはメイドが買いそろえてくれるので、イザベルは滅多に買い物などしないし、そもそも、こだわりもないので、文句も言わない。
ただ、紅茶だけは、少しばかり
母を真似して始めた紅茶だったが、今ではただ単純に紅茶が好きで、遠征先では、まずその土地の茶葉を買うほどだ。
『薔薇の庭』は最近出来た店であり、東国の珍しい茶葉を取り扱っている。既に、イザベルは、メイドに頼んで何度か茶葉を入手しているが、やはり、実際に店で吟味したい。
掘り出し物があるかもしれないし。
ふふん、とイザベルは、足取りかるく3番通りの方に向かった。
が、途中でイザベルは、異変に気付く。道の先の方が、何やら騒々しい。
「おい、どうした?」
イザベルは、先へと走っていこうとした男を呼び止めた。男は、不快そうに振り返ったが、マッキントッシュ家のメイド衣装を見て、あわてて姿勢を正した。
「け、喧嘩です。何でも、
「あぁ」
矢の騎士団と剣の騎士団は、それぞれマッキントッシュ家とキングストン家の私設騎士団である。この国の騎士団としては、王下騎士団、魔境騎士団に次いで、強力な騎士団であり、それゆえに、どちらが上かと覇権を争って、よく小競り合いをしていた。
セントラルでは、よく見た光景だが、ここ、サウスパークでまで喧嘩しているとは愚かしい。
ただ、とイザベルは笑みを浮かべる。
「ちょうどいい」
王下騎士団の本部隊と離れて久しく、身体がなまっていたところだ。それに、婚活失敗のストレスも溜っている。
「蹴散らしてやろうじゃないか」
ーーー
薔薇の庭・・・茶葉の店。キャプテン・ジャガーが、東の国への航路を開き、物品が格安で手に入るようになった。ジャガーの船に乗っていたクルーマンが、航海から戻ってきてから、昔からの夢であった茶葉の店を開く。薔薇の庭というネーミングは、クルーマンの幼馴染ドロシーのもの。ドロシーは、クルーマンへの淡い恋心を抱いているが、鈍感なクルーマンはドロシーの想いに気づいていない。この後、突然現れたぶりっ子系女店員を加えて、どろどろの三角関係に陥るのだが、本編とは関係ない。
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