第15話 脱走劇 その4

「貴様、もう一回言ってみろ!」


「あぁ 酒がまずい、飯がまずい。本当、サウスパークってのくそみたいな町だな!」


「ふざけんな、この野郎!」


「まぁ、アローズにはお似合いかもな。ちょうどいいくそ田舎だ」


「は! よく言うぜ。ノースマウントなんて、雪と山しかない、ド級の田舎じゃねぇか!」


「んだと!」


「あぁ!? 文句があるんだったら帰れ!」



 ふむ、ほんと、よく聞く諍いだ。


 サウスパークとノースマウントは、それぞれ、マッキントッシュ家とキングストン家の領地である。もちろん騎士団の本部もそこにある。


 彼らの決まった罵り文句に、この地元の悪口がある。


 セントラルの駐屯部隊も、似たような言葉で、喧嘩をしていた。


 しかし、とイザベルは不思議に思う。ここはサウスパーク、マッキントッシュ家領であり、矢の騎士団の自治区域だ。


 なぜ、こんなところに、剣の騎士団がいるのだろうか。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 総勢10人前後の騎士が、向き合っており、今にも殴り合いに発展しそうな雰囲気である。


 と思っている内に、殴り合いが始まった。


 ここまでの流れは順当、イザベルも不思議に思うところがない。


 町人は、逃げる者と見守る者、それから囃し立てる者。この手の奴らの動きはセントラルでもサウスパークでも変わらないな。


 今のところ、ただの喧嘩だが、このままヒートアップすると、騎士の連中は剣を抜きかねない。その前に、とイザベルは前に出た。



「貴様ら、そこまでだ!」


「「あぁ?」」



 イザベルが声を張り上げると、騎士達は、びくりと手を止めた。



「民衆の前で何たる醜態か! その力は、王国に仇なす敵国兵、魔物に向けるべきものだろう! 騎士ならば力の使い方に責任を持て!」



 一喝して、イザベルはしばし待つ。これで、たいていの諍いは治まるものだ。イザベルとしては、それでも反抗してもらって、一発くらい殴ってやりたいところだが。



「うるせぇ! メイドふぜいが!」


「あぁ!?」



 口答えに対して、凄んだイザベルであったが、ふと気づく。


 メイド?


 しまった!


 そういえば、今、自分は、マッキントッシュ家のメイド衣装を着ているのだった。


 この状況で、イザベルが何を言っても、荒くれ者の騎士が従うはずもない。力ずくで場を治めることは可能だが、メイドが騎士を制するのは、立場上まずい。マッキントッシュ家とキングストン家の確執を生みかねない。


 そんなことしたら、キャサリンにめちゃくちゃ怒られる。


 イザベルが言い淀んでいると、騎士達の喧嘩は再開された。


 どうする?


 王下騎士団団長であると正体を明かしてもいいが、信じるだろうか。私設団の騎士の、しかも、末端の騎士が、イザベルの顔を知っているとは思えない。


 あぁ、考えるの、面倒くさい。


 とりあえず、殴ってしまいたいという欲求に襲われながらも、団長として、政治的配慮がなされた行動を考えなければならなかった。


 が、思いつかなかった。


 正確には、イザベルが考えをまとめる前に、1人の騎士が剣を抜いたのだった。


 民衆から悲鳴があがる。


 これは、看過できる状態を超えたと判断し、イザベルは力づくで治めることを決めた。


 そのとき、



「おい、そこの旦那、ちょっと待ちなよ!」



 耳におかしな声が入った。そして、すぐ後に視界の端を、男が1人通り過ぎた。


 通り過ぎた?


 そんなはずはない。その先では、騎士が乱闘を繰り広げている。しかし、実際に、男の後ろ姿は、騎士達のもとへと向かっていく。



「おい、待て!」



 イザベルは思わず声をかける。しかし、男は足を止めようとしない。


 そこで、ハッと気づく。あの男、騎士だ。いや、元騎士、なのか。くすんだ金髪に丸縁の眼鏡、シャツにジャケットといった騎士とは思えない服装。線が細く、帯剣もしていない。しかし、背筋は伸びており、何より、歩き方が騎士のそれであった。


 喧嘩を止めようというのだろうか。


 だとすれば、勇ましいが、それほどの実力のある男には見えないのだが。



「何だ? 貴様!?」



 眼鏡の男に気づいた1人の騎士が、驚いたように尋ねた。それに対して、男は平然と尋ね返した。



「あぁ、すいませんが、急いでいるんで通らせていただきます」


「はぁ?」



 だめだ、あいつ。


 ただのバカだ。それか、酔っ払いか、変なクスリをやっているに違いない。



「バカにすんな!」



 騎士が殴りかかったとき、同時に、イザベルは動いた。



ーーー



ノースマウンテン・・・セントラルの北西にある街。キングストン家の領地である。北国であるがゆえに、基本的に寒く、冬になると港が凍る。そのため、食糧不足となることが多く、備蓄に敏感である。ノマ民は、地元の飯がいちばん美味しいと自負しているが、実際にはサウスパークの飯の方がうまい。ただ、それを認められないのが、ノマ民のノマ民たるゆえんである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る