第16話 脱走劇 その5
本当にお土産なんて必要なのだろうか。
クリフォードは、首を傾げつつも、ブレンダの勧めに従って、サウスパークの茶葉の店を探していた。
お見合い相手には、何かしら渡すべきだとブレンダは言った。ついでにキャサリンにも必要だと。高級でなくてもよいが、プレゼントする心が大事だとかなんとか。
そういうものか、とクリフォードは、こうして茶葉の店、『薔薇の庭』を探している。
ただ、家を出るのが遅れてしまい、もうあまり時間がない。けれども、お土産を買っていかなかったとブレンダに知れたら、どんな小言を言われるかわかったものではない。
最近は、ホリーも口うるさくなってきた。ブレンダの影響だろうか。
さて、3番通りに早く向かわなくてはならないのだが、問題が発生した。
何やら騒がしいとは思ったのだが、どうやら騎士団の連中がもめ事を起こしているらしい。
服を見れば、矢の騎士団と剣の騎士団だ。昔から、彼らはよく喧嘩をしている。放っておけば、その内、疲れてやめるだろうが。
こちらは、時間がない。
別の道を選ぶにしても、かなり遠回りになってしまう。しばらく考えた後に、クリフォードは、突っ切ることにした。
まぁ、避けて通れば問題ないだろう。
誰かの呼び止める声を無視して、クリフォードは騎士の喧嘩の中に向かった。
騎士の方も無視してくれないかと、淡い希望を抱いていたのだが、そううまくはいかず、騎士に絡まれる。
やれやれ。
クリフォードが身構えたとき、視界の端からメイドが飛び込んできた。
メイド?
そういえば、野次馬にマッキントッシュ家のメイドがいた気がするけれど。
メイドは、しっかりと地面を踏みしめ、切れのいい拳を騎士におみまいした。
「え?」
メイド!?
ボールのように跳ねてとんでいく騎士を見送りつつ、クリフォードは驚きのあまり、あっけにとられていた。
なぜ、メイドが?
仮にも騎士だぞ。それも、あの制服は矢の騎士団のもの。たかがメイドに殴り飛ばせるわけがない。
いや、殴り飛ばしたんだけど。
クリフォードが呆けていると、メイドがくるりと振り向き、吠えた。
「貴様、バカか? 騎士の喧嘩に割って入る奴があるか!」
いや、その通りなんだが。
しかし、何にしてもやり過ぎだ。あれでは、穏便に通り過ぎるなんてできやしない。むしろ、全員の視線が、こちらに注がれている。
「何だ!? あのメイド!?」
「メイド?」
「女が喧嘩に割って入んじゃねぇ!」
騎士が、怒号をとばすが、メイドはびくともせず、むしろ毅然と胸を張った。
「黙れ! 騎士が民に手を出すとは何事か! 恥を知れ!」
いや、実際に手を出したのはメイドの方だったと思うが。
「うっせぇ! メイドが調子に乗るな!」
数人の騎士が、メイドに襲いかかる。中には剣を抜いている者もおり、メイド相手に正気かと思う。
ただ、このメイド、多勢との勝負だというのに落ち着き払っている。それどころか、静かに構え、騎士を待ち受ける。
何より、この女、体軸のブレがまったくない。そういう意味では、ただのメイドとは、まったく思えないのだが。
そのメイドに、無謀にも1人の騎士が挑もうとしていた。パワー、スピードはわるくない。しかし、若さゆえか動きが単調だ。
メイドは、慌てず、間合いに入るまで待ち、騎士の拳を躱し、そのままカウンターで掌底を食らわせた。
「くそアマが!」
次の騎士が蹴りを放つ。が、その蹴りは放つ前に踏み込まれ、再度、掌底。
「ふざけんな!」
最後の1人は、剣を握っていた。普通に考えれば、素手で立ち向かえるわけがない。間合いが違うのだ。メイドの攻撃が届く前に、騎士の剣がメイドを斬る。
だが、メイドは、やはり慌てない。
むしろ、慌てたのは騎士のようであった。その気持ちもわかる。圧倒的不利のはずなのに、堂々とされていれば、怖い。慌てた騎士は、剣を振り上げ、振り下ろす。いささか単調。
ゆえに、メイドは一歩引く。
たった、それだけで、剣は空を切る。
そして、次の斬撃をメイドは許さなかった。
「はっ!」
力強く踏み込み、メイドは騎士の顔面に握り拳をぶち込んだ。
「な、何だ? このメイド!?」
「化け物じゃねぇか!」
「誰が化け物か!」
メイドが、怒号をとばす。
「さぁ、どうした! さっさとかかってこい! それでも騎士か!」
あれ? そんな話だったっけ?
けしかけられた騎士は、得体の知れないメイドにずいぶん恐れを抱いているようだったが、今更引っ込みもつかず、声をあげてメイドに向かっていった。
ただ、戦力差は既に明らかになっており、結果は見えている。
さっさと終わらせてくれ、とクリフォードは心の内で思う。
騎士の安否やメイドの正体も気になるが、クリフォードは、何よりも3番通りに向かいたかった。
そのためには、いささか気の毒ではあるが、騎士達にはさっさと打ち負かされていただきたい。そもそも喧嘩していたのがわるいんだし。
「ぬぉぉぉ!」
「はっ!」
「ぐへ!」
「やぁぁぁ!」
「ふん!」
「ぎゃふん!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「待たん!」
「ぎゃあ!」
1人2人と、メイドは次々と騎士を倒していく。あまりにも一方的なので、やはりかわいそうだ。
騎士の方が残り1人となり、やっと終わりかと思ったときだった。
一匹の猫が、騎士とメイドの間に迷い込んだ。
ーーー
猫・・・人に癒しを与える動物。ねずみなどの害獣を退治してくれる益獣としても知られる。ペットとして飼われることもあるが、基本的に猫が人に懐くことはない。だが、それがまたいい。野良猫は生きる術を知っているが、飼い猫はバカなので、危険な状況に平気で突っ込む。
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