第66話 結婚式準備 その2

「なぁ、本当に、こんな派手な結婚式をする必要はあるのか?」



 キャサリンにウエディングドレスを着付けされ、着せ替え人形のように立ち尽くすイザベルは、何度目になるのかわからないといを投げた。



「結婚式とは、神に永遠のちぎりを誓う宗教上の儀式だ。それは理解できる。だが、その儀式に大勢を呼ぶ意味がわからない。場所が教会で、あと神父がいれば、どこでもいいだろ」


 

 大事なのは、結婚式を行うことであって、その規模は重要でないはずだ。

 


「実家の近くに、大きくはないがなじみの教会がある。私は、あそこがよかったのだが」


「いいわけないでしょ」



 イザベルのぼやきを、キャサリンは淡々とした口調で一蹴する。



「まったく、いったい何をたわけたことを。まぁ、ある意味、予想通りなんだけど、予想通りに戯けているわね。もう、だわ」


「たわわ?」


「私の今の心情。親友ならわかりなさいよ」


「わかった上で聞いたんだ」


「あら、それは失礼あそばせ」



 キャサリンは、イザベルの髪飾かみかざりをいじりながら、かがみにらめっこしつつ、軽口を続ける。



「そもそもベルは、根本的に間違っているのよ。結婚式っていうのは、できるかぎり盛大にするべきなの。大勢でやる意味がわからない? せっかくめでたいんだから、大勢でお祝いしたいじゃないの。それが普通の感覚よ」


「キャシーに普通とか言われてもな」


「ベルよりは、普通に女やっているからね」



 ぬぬ、とイザベルは、口をつぐむ。



「だいたいベルだって、子供の頃は結婚式にあこがれたりしたでしょ? きらきらとしたウエディングドレスを身にまとって、ピシッとタキシードを着込んだ好きな人が隣にいて、みんなに祝福される中、主の前で永遠の愛を誓う。女の子ならば、誰だって妄想するものだと思うけれど」


「どうだったかな」


「まぁ、もう女の子って歳ではないけど」


「……お互いに、な」


「ふふふ、歳をとったわね」



 キャサリンは、くすくすと笑ってから、イザベルの肩に手を置く。



「ただ私はしっかり女の子していたから、それほどいはないの。でも、ベルは違う。女の子をしてこなかったから、今になって、女の子をしようとしている。そうでしょ?」



 そんなことは――


 ない、と即答できなかった。


 剣に生きてきたことに後悔はない。普通の女の子が歩む道からは大きくはずれていたし、普通の女の子の望む幸せとは、ほとんど無縁であったが、そう選択したのは、イザベルの意思である。


 だけれども。


 もしも、と想像したことがなかったことかと聞かれれば、いなと言わざるを得ない。


 もしも、普通の女の子としての人生を歩んでいたら、自分は、今頃、どんなふうだっただろうかと。


 普通に恋をして、結婚して、子供を産んで、パーティに参加して、友人とお茶をして、普通の幸せに身をおくような。


 そんな人生を、送っていたら。


 ふと訪れる春の突風のような思考、けれども、それを認めることは、やはりイザベルのこれまでの人生を否定することになる。


 ゆえに、イザベルは、少し苛立いらだった口調で言葉を返してしまった。



「そんなことはありえないな。私は、別に後悔のすえに結婚するわけじゃない」



 そのとがった声に、気づいたのか気づかなかったのか、キャサリンは、すぐには反応しなかた。


 しばらく、気まずい沈黙がおりて、それから、特に声のトーンを変えずに、



「そう」



 とだけ告げた。

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