第65話 庭園の座談会 その1

「ここ、アキリズ聖堂は、世界で一番大きい聖堂です。中央都市セントラルにあるハーレイ大聖堂よりも大きいんですよ。それでいて、ハーレイ大聖堂よりもずっと古い建物です。何度か改修はされていますが、建立こんりゅうされたのは、建国よりも前だとされています」



 マッキントッシュの私設騎士団、矢の騎士団アローズ・ナイツの零番隊隊長ケビン・リネハンは、木に背をあずけ、煙草たばこをふかしながら、低く落ち着く声で語った。


 

「へぇ、そんなに古いんだ」



 木陰こかげのベンチで足をぷらぷらとさせながら、ホリーが素直に驚いた声を出すと、ケビン隊長は、気をよさそうに煙を吐いた。



「えぇ、そうなんです。その昔、この辺りには、ドラゴンがおりました。それはそれは恐ろしい龍です。名を怒龍トールといって、その姿は山のように大きく、翼はその何倍も広く、鋭い爪と牙をもっていました。名の通り、その龍は怒りっぽく、ちょっと気に入らないことがある度に、雷を落とし、町を一つ焼き尽くしていたそうです」


「まぁ、恐ろしいわ」



 隣に座るレイチェルが、ぎゅっとホリーのそでつかんだ。



「えぇ、恐ろしいのです。当時の人々もそれはそれは畏れていました。そこで、立ち上がったのが、大英雄オーディン閣下です」


「待ってました」



 トーマスが、うまい具合に合いの手を入れた。どうやら、彼はこの話を既に知っているらしい。



「オーディンは、勇敢ゆうかんにも怒龍トールにいどみました。彼の用いた武器は、世のすべてを貫通するといわれる神槍しんそうグングニル。その戦いは激しく一月ひとつきにもおよんだと言われています。そして、最後の最後に、トールの心臓をつらぬき、戦いに勝利したのです」


「「「おー」」」



 3人の歓声を待ってから、ケビン隊長は、続けた。



「大英雄オーディンの功績こうせきたたえて造られたのが、この聖堂です。まぁ、聖堂となったのは、建国後のことで、はじめは要塞ようさいとして、使われていたようですが」


「要塞って?」



 レイチェルの問に、ケビン隊長は頭をかく。



「あぁ、これは失礼しました。要塞というのは、敵国と戦う際の拠点です。マッキントッシュ家がまだ、ブリテン王国と対立していた際に使われていたのですよ」


「まぁ、マッキントッシュ家は、王様と仲が悪かったの?」


「昔の話ですよ。今となっては、王とマッキントッシュ家に軋轢あつれきはありません」


「よかったわ」



 ホッと胸をでおろすレイチェルの頭を撫でてから、ホリーは、続けて尋ねた。



「でも、不思議ね。こんなに大きな建物を、そんな昔に建てられただなんて」


「お、いい質問ですね、ホリーのお嬢ちゃん。確かにこれだけ大きな建造物を当時の技術で建てることは不可能です」


「じゃ、どうやって?」



 ホリーが尋ね返すと、横でレイチェルが、パッと顔を明るくした。



「あ、わかったわ! きっと妖精さんが建てたのよ。それだけ昔なら、妖精さんもいるものね」


「ははは、そうかもしれません。ただ、もっと単純な方法でこの建物は造られたのです。トーマス坊ちゃんなら、おわかりですかな?」


 

 ケビンに問われて、トーマスは、にこりと得意げに微笑んだ。



「えぇ、龍の骨を使ったんです」


「その通り」



 ケビンは、眼前に見えるアキリズ聖堂の上面を煙草でなぞってみせた。



「このアキリズ聖堂は、怒龍トールの骨組みをそのまま使って建てられたのです。どうして龍の骨を使ったのかには、諸説ありますが、トールを倒すことはできたのですが、当時では、龍の骨を加工することも破壊することもできなかったので、こうして、建物としたというのが有力ですね」


「へぇ、だから、こんなへんてこな形なのね」



 ホリーは、もう一度、アキリズ聖堂をはしから順に眺めてみた。正面から見れば、なかなかさまになった形であったが、横から見てみれば、妙な曲線を描いている。


 みょう、というより、生々しいと、そうホリーは感じていたのだけれども、その感想は正しかったらしい。


 ただ、龍の腹の中で結婚式を挙げるというのも、別の意味でどきどきする話だ。



「あ、もう一つ質問。どうしてアキリズ聖堂というの? オーディンを称えるための建物なんでしょ?」


「ん? あぁ、それは様々な陰謀論がありますが、ただ単に、聖堂への改修工事の費用をいちばん出した貴族の名だそうです」


「……あ、そう」



 聞かなきゃよかった、とホリーは、なんだか夢から覚める思いであった。


 ちょうど、ケビンのお話が一区切りついたところで、タタタと足音が近寄ってきて、ちょうどホリー達の前で止まった。



「どうして追って来ないのですか!?」



 そこで息を切らして立っていたのは、マッキントッシュブラザーズの世話役メイド、サラ・リネハンであった。


 どうやら、今の今まで、ホリー達がとうに飽きてやめた鬼ごっこをしていたらしい。


 ホリーは、無駄に息を荒げているサラを見て、素朴に思った。


 あ、忘れてた、と。

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