不穏

第64話 結婚式準備 その1

 昼下がりに、イザベル・オルブライトは、アキリズ聖堂に続く石畳いしだたみの通路を歩いていた。


 どこまでも青空は続き、見渡す限り雲一つない快晴の日。こんな天気のよい日に剣を振るのはさぞかし楽しいだろう。


 しかしながら、イザベルの希望は叶わない。むしろ、そのような粗暴なこととは、正反対なおしとやかな所作が求められいてた。


 結婚式である。


 ひょんなことから、というには、あまりにではあるが、王下騎士団団長、イザベル・オルブライトは、魔法細工師のクリフォード・スウィフトと結婚することとなった。


 一般的にいって、結婚するのだから、それはそれはめでたいことである。


 当人達も、結婚したてのほやほやで、ちょうど愛に狂って、世界がバラ色に見える頃合いであろう。


 結婚式といえば、その集大成であり、結晶といえる。多くの女子にとって、憧れの儀式であり、幸せの象徴しょうちょうだ。


 しかし、イザベルは、いささか憂鬱ゆううつであった。


 いや、けっこう、かなり、とっても気が滅入めいっていた。


 その理由は、ひとえに、恥ずかしいから。


 イザベルは、満30歳なのである。職業がら、身体はきちんと整備されており、年齢よりも若く見えるともっぱらの噂だが、それでも年頃は過ぎている。


 この歳になって結婚するというだけでも、周りの目が気になるというのに、結婚式をあげるなんて、あまりに恥ずかしい。


 イザベルとしては、できるだけ、質素にこじんまりと済ませたい。


 しかし、どうだろう。


 今、イザベルは、アキリズ聖堂を見上げている。


 ブリテン王国の三大聖堂の一つであり、大きさだけならば、セントラルにあるハーレイ大聖堂を凌ぐほどだ。


 イザベルの結婚式は、このアキリズ聖堂がいっぱいになるくらいに人を集めて、盛大に行われる予定である。


 さて、正直言って、イザベルの要望オーダーとは正反対の結婚式となってしまったわけであるが、どうしてこうなったかといえば、まぁ、言うまでもない。


 ぷんすかと怒りながら、隣を歩く友人ののおかげである。



「もう、本当に教徒って頭が固いんだから!」



 おせっかいな友人、キャサリン・マッキントッシュは、コツコツとヒールで石畳を鳴らしていた。



「ちょっと中まで馬を入れるだけじゃないの。どうして、それができないわけ? 門より内側は聖域だから歩きなさいって、門のそっち側もこっち側も一緒じゃないのよ!」


「そんなことを言っても、教会とはたいていそういうものだろ」



 文句の絶えないキャサリンを、イザベルはなんとかいさめていた。


 ちょうど先ほどまで、門番ともめていたのである。アキリズ聖堂まで馬車でやってきたキャサリン達は、馬車で門の中にまで乗り入れようとしたのだ。


 その気持ちはわからんでもない。門から聖堂までかなりの距離がある。騎士であるイザベルならば、大した距離ではないが、いつもだらだらしている貴族の見本のようなキャサリンには、いささかきついのかもしれない。


 しかし、馬の敷地内への侵入は門番に制された。理由は、先にキャサリンが述べた通りで、聖域への乗り入れが禁じられているから。明らかに門番側に正当性があったのだけれど、彼女が


 ごねた末に、結果はおわかりの通りかんばしくなく、こうして二人して聖堂に至る道を歩いているわけだ。



「私が、いったいいくら教会に寄付しているか知っている? もう、途方もないがくよ。その私を歩かせるって何なの? もう、馬の代わりに教徒共が車を引いてもいいくらいなのに!」


「そのくらいにしておけ。一応、聖域だぞ」


「その聖域が維持できているのは、私の寄付金のおかげなんですけど。その私が歩かされているんですけど」


「大した距離でもないだろう。そんなに歩くのが嫌なら、おぶってやろうか?」


「そういうことを言っているんじゃないの! 道理に合わないって言ってんの!」


「気に食わないの間違いだろ?」


「それって同じことでしょ?」



 ふん、と鼻を鳴らして、キャサリンは、すたすたと前を歩いた。


 彼女の場合、道理に合わないことが気に食わないのではなく、彼女の気に食わないことは道理に合わないということなのだろう。


 それこそ道理に合わないと、そうイザベルは思ったが、これ以上、キャサリンの機嫌きげんそこねると後々のちのち面倒だと黙っておいた。



「まぁ、たまに歩くのもいいだろう。ほら、見ろ。おまえの子供達なんて、走り回っているぞ」

 

「あら、本当ね。子供って、どうして、あぁ、無駄に走り回るのが好きなのかしらね。サラまで一緒になって、よくやるわ」


「純粋に身体を動かす喜びを知っているのだろう。キャシーも思い出すんだな」


「お言葉ですけどね。私だって運動は好きなのよ。ダンスも組手も乗馬もやるわ。ただ、が嫌いなの。おわかり?」



 彼女らしい自分勝手な言い分に、イザベルは、肩をいさめる。


 

「はぁ、まぁいいわ。もう着いたし」



 両開きの大きな鉄扉てつとびらが眼前までやってきたところで、キャサリンは、やっと溜飲りゅういんを下げたようだった。その上で、彼女はイザベルの方を向いてにやりと笑う。



「結婚式の最終準備をするわよ!」

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