第63話 アキリズ聖堂正門付近にて


 アキリズ聖堂の門前に、数台の馬車がめられている。


 乗客は既に降りていた。周囲には複数の兵が集まっており、乗客の高貴こうきさを物語っていた。


 乗客の一人は女。ドレスを着こなしており、高価な物を身に着けていても嫌味いやみがない。


 まさに貴族といった、その女は、門の中に馬車は入れないのか、と文句を言っているようだ。


 なるべく楽をしたいという貴族らしい考えであり、その横暴おうぼうさで周りの者を呆れさせているところもまさに貴族といえる。


 その横で、一人の騎士が、面倒そうに頭をかいていた。


 皮のブーツと手袋、白いパンツと白いシャツは、年季ねんきが入っており、いささかぼろくなっているが、本人は気にしていなさそうである。


 赤いマントには、金字でブリテン王国の紋章が刻まれており、王下騎士団の所属を表していた。


 貴族の女がいつまでたっても駄々をこねているので、騎士は、つまらなそうにダークブラウンの髪をいじり始めた。


 騎士であるが、女である。髪はほどよく長く、同色の瞳と鼻と口は端正たんせいに配置されていた。その身体にも凹凸おうとつがあり、女であることは間違いない。


 しかし、華奢きゃしゃとは言い難かった。


 身のこなし、体軸のブレのなさは達人級と言って過言でなく、その服の下に隠された肉体の強靭きょうじんさは、人のそれをいっしているともっぱらの噂である。


 誰が呼んだか、ヘビィコング。


 ただ、呼んだ者は、この女騎士に制裁を受けているため、二度と呼ぶことはない。


 人類最強とうたわれ、世界中から脅威きょういおそれられ、先日婚約を果たし、ついに結婚式を目前にした三十路の女騎士、王下騎士団団長、イザベル・オルブライトは、鼻を二度こすってから、大きなくしゃみを一つした。



「誰か、私の噂をしているな」

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