第62話 アキリズ聖堂前広場にて

「ふーん。ここで結婚式をげるのね」



 ホリーは、腕を組んでにやりと笑みを深めた。


 天気は晴れ、それ故に白塗りの聖堂はまぶしいくらいに輝いている。かの赤レンガで組まれたハーレイ大聖堂もきれいだったが、こちらはこちらで神秘的だ。


 ホリーとしては、アキリズ聖堂の方が好みであった。なんというか、キラキラしていて素敵だから。自分も結婚するときは、こんなところでやりたいなと妄想を膨らませた。



「ちょっと、ホリーちゃん。待ってよ」



 想像の結婚式の中で、パパが泣きくずれたとき、足音と慌てた声が後を追ってきた。


 

「もう、遅いのよ、トーマス」



 ホリーがかるく怒ると、トーマス・マッキントッシュは、やれやれといった様子で肩をすくめた。



「仕方ないだろ。妹を置いていけないんだもの」



 トーマスは、そう言って後ろをついてきた妹、レイチェル・マッキントッシュを振り返った。


 ピンクの大きなリボンを頭に飾っているレイチェルは、目元が母親のキャサリンによく似ていて、なかなかにかわいらしい。


 まぁ、私ほどではないけれど、とホリーは、心の中でちゃんと注釈ちゅうしゃくをつける。


 急いできたのだろう、レイチェルは息を少し荒くして、頬を赤らめていた。



「もう! ホリーお姉さまったら、ひどいわ。あたしをおいていくなんて」


「えー、だって、レイチェルもついてくるとは思わなかったから」


「まぁ、そんなことを言うの! 26日と16時間32分15秒ぶりに、お姉さまに会えたから、あたし、とってもうれしかったのに!」



 相変わらず、細かいな。



「ごめん、ごめん。冗談よ、レイチェル。一緒に遊びましょ」



 ホリーが笑いかけると、レイチェルは、ぷくっとふくらませた頬を緩ませて、パッと笑顔を見せた。



「それじゃね、それじゃね! 何して遊ぶ? あたしは、お歌が歌いたいわ。だって、こんなにも天気がいいんだもの」



 どうして、天気がいいと歌いたくなるのか、さっぱりわからなかったが、まぁ、それはいいとして、ホリーは、後追いしてきたもう一人に目を向けた。



「いけませんよ、お嬢様。ここに遊びにきたわけではないのですから」



 やってきたのは、マッキントッシュ家のメイド。童顔で、もう少し背が低ければホリーと同年代なのではないかと思える容姿の彼女は、サラ・リネハン。


 トーマス一同、マッキントッシュ・チルドレンの世話係らしい。式場の下見に、どうしてトーマス達がついてきているのかわからないが、彼らが来ているのならば、当然、サラも来ているわけである。


 サラの忠告に、レイチェルは、不満を漏らす。



「えー、いいじゃないの。少しくらい」


「だめです。今日は後学のために、アキリズ聖堂を見学に来たのですから。レイチェル様にいたっては、わざわざ国史こくしの授業をお休みしてまで来たのですから、しっかりと学んでいただかないと」


「むー、それじゃ、意味ないわ」


「意味がない? まさか、国史の授業をサボりたかっただけではありませんよね?」


「ん? ま、ま、まさかー。あははは」



 絶対にそうだ、とホリーは、その気持ちに同情しつつも、



「まったくレイチェルはしょうがないな」



 と自分のことはたなにあげた。



「だ、だって! お兄様だけお出かけだなんてずるいんだもの!」


「え? 僕? 僕は、別に遊びにきたわけじゃないよ。マッキントッシュ家の者として、ちゃんとアキリズ聖堂を見学しようと思って」


「あたしもお母さまとお出かけしたい!」



 そのお母様は、既に置き去りにしてきてしまったけれど、よかったのだろうか。


 兄弟のいないホリーには、いまいち共感しかねたけれど、兄弟ならば同じように感じるのだろう。ちなみに、マッキントッシュ兄弟の最後に一人、アレックスは自宅でお留守番とのことだ。



「やれやれ」



 トーマスが、としに似合わず哀愁あいしゅうただよあきれ方をするのを見て、苦労しているんだな、とホリーは、ちょっと同情した。ただ、さすがはしっかり者のトーマスである。すぐに立ち直って、腰に手を当てた。



「とにかく、サラの言う通りだよ。せっかく歴史あるアキリズ聖堂に来たんだから、しっかり勉強しないと」


「えー」



 レイチェルが不満の声を漏らす一方で、サラがうんうんと頷いていた。


 ホリーは、というと、勉強する気など毛頭もうとうない。頭の固いトーマスなどけむに巻いて、このアキリズ聖堂での結婚をテーマに妄想にひたりたかった。


 とはいえ、ホリーにも体面たいめんというものがある。ここで、お勉強を嫌がるというのは、お利口なホリーの行動ではない。


 どうしようかな、と悩んでいたところ、不満げなレイチェルと目があった。


 お、そうだ。


 ピンとひらめいて、ホリーは、レイチェルに、任せなさいと目配せをする。


 ホリーは、かるくステップして、トーマスに近づいた。そして、トーマスの肩をポンと叩く。


 不思議そうに首を傾げるトーマスに対して、ホリーは、にこりと笑いかける。



「はい、じゃ、トーマスが鬼ね」


「え?」


「レイチェル、サラ、逃げるわよ!」



 突然のことに混乱していたレイチェルであったが、手をかるく引くと、ハッと気づいて、うれしそうに駆け出した。



「トーマス! 捕まったら、話を聞くわ!」



 また、サラも同様に思考が停止しいるようだった。



「サラ! 早く逃げないとトーマスに捕まっちゃうわよ!」


「え? あ? え?」


「サラ!」


「は、はい!」



 ホリーに急かされて、サラは慌てて走り出した。取り残されたトーマスは、頭を抱えて、ぽつりと呟く。



「やってくれたね、ホリー」



 その言葉が聞こえる位置には既にホリーはいなかったわけだが、彼の哀愁漂う立ち姿を見て、ホリーは、うふふと小悪魔的に笑った。



「パパのお嫁さんよりちょろいわね」



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