第75話 帰宅とハーブティ
クリフォードは
正直、聞かなければよかったと思う一方で、聞かなかったら聞かなかったで、面倒ごとがより大きくなるだけなので、まぁ、結果的にはよかったと思うしかない。
しかしながら、クリフォードが頭を悩ませるものは、国を滅ぼしかねない死霊使いだけではなかった。もっと困るものが目の前に、どんと座っている。
「何かあったんですか、イザベルさん?」
デビッド王子からの呼び出しを終えて、やっとの思いで帰ってきたクリフォードを出迎えたのは、ものすごく不機嫌な嫁、イザベルであった。
「別に!」
イザベルは、
不機嫌というか、もう
いや、絶対に何かあったでしょ。
ときおり
その一方で、たまに、何かを思い出したかのように、はぁ、と深いため息をつく。
もしかして、マリッジブルーというやつだろうか。
世の女性は、結婚を前にして、何かと
忘れていたわけではないが、イザベルも女子である。何かと不安になることもあるだろう。
不安の感じ方が独特ではあるが。
「まぁ、何かあれば相談してくださいね。僕もできるだけのことはしますので」
「何か? いったい何があるというんだ? 私は何も怒ってなどいないぞ!」
「それならいいんですけど」
どうやら怒っているようであった。
わかりやすい性格でたいへん助かるのだけれども、不安ではなく、怒りとはなんだろう。
クリフォードが、デビッド王子に呼ばれて
確かに、イザベルは、結婚式の準備を面倒そうにしていたけれど。
もしかして、キャサリンと
イザベルとキャサリンの関係を、クリフォードはよく知らない。けれども、学園にいた頃からの
とすると……。
ふむ、わからん。
まぁ、女性というのは、よくわからないことで怒ったり泣いたりするものだ。前の嫁もそうだった。
そういえば、前の嫁が、決まって不機嫌になることがあったけれど、もしかして、あれだろうか。
そこまで考えたところで、クリフォードは思考を止めて、
しばらく待って、かるくスプーンで
一杯をイザベルの前に差し出すと、ふんと一度つっぱねたが、香りにほだされたのか、かるく息を吐いてから、ティーカップに口をつけた。
「すまないな、ちょっと
「いえ。こういうときはお茶ですよ」
「あぁ、そうだな。ありがとう」
「お口に会いましたか?」
「あぁ、おいしいよ」
「よかった」
「ただ、ちょっと
「……手厳しいですね」
何に関しても
やっと落ち着いたのだし、今のイザベルに、死霊使いのことを伝えようかと思ったのだけれども、クリフォードは考え直す。
クリフォードが、モグラとして活動していた頃、組織の
しかし、今は立場が違う。
イザベルに死霊使いのことを話してもさして問題はないだろう。
だが、せっかく機嫌が直ったのに、また、不機嫌になりそうな話題を出すのもどうかと思い、クリフォードは次の機会を待つことにした。
「ところで、クリフォード。明日は大丈夫なのか?」
クリフォードが保留の意思を固めて、ダメ出しされた紅茶の味を確かめていると、イザベルがふと尋ねた。
「明日?」
「あぁ、明日だ。まさか忘れたのか?」
「ん? あー、そういえばそうでしたね。嫌過ぎて忘れていました」
「……おまえ、わりとはっきり言うよな」
もうすぐ結婚式だというのに、それぞれの都合が合わなかったということで、今更感のある行事が、明日に
キングストン家への
―――
あれ・・・女が月一で不機嫌になる例のあれ。女の機微に鈍感なクリフォードでもさすがに知っているし、それを口にするのはデリカシーに欠けることも知っている。ただ、女は、別にあれでなくても、唐突に不機嫌になる。特に理由がなくても、不機嫌になるのだけれども、それは女の性質なので仕方ない。男は、不機嫌な女の機嫌をとるのが仕事である。これを怠る者は、碌な男ではない。
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