結婚報告

第76話 キングストン家への結婚報告 その1

慣例かんれいは大事だ。古くさいと言われてもなお、人が慣例を守るのは、それが社会を潤滑じゅんかつに進める知恵だと知っているからだ。俺も、いたずらに慣例を破る者を許したりはしない」



 キングストン家元当主、ウォーレン・キングストンは、背もたれに深く沈みながら、低い声を出した。



「ただ、だからといって、おまえが慣例を正しく守れるようなでないことも知っている。ちょっとやそっとのことをとやかく言うつもりはない」



 既に老人といって差しつかえない年齢のはずだが、その巨体におとろえは見られず、むしろ、そのひとみには龍のごとき気迫きはくが見られる。


 貫禄のあるひげを一度でてから、ウォーレンは、深いため息をついた。



「しかしな、結婚式のに、結婚報告に来るのはさすがにおかしくないか?」


「……申し訳ありません」



 あまりに正論で、まったく返す言葉がなく、イザベルは、素直に謝罪した。



「まぁ、俺もうるさく言いたくないんだが、せめて一ヵ月前には報告するものじゃないか。いや、別の者から聞いていて、もう知っていたが」


「えぇ、まったく、その通りです。私も、そのようにするつもりだったのですが、知人が結婚式の日取りをこんな近日に決めてしまったもので」


「なぜ結婚式の日取りをおまえが決めていないのかわからんが、まぁ、いい」


「あと、私の仕事とクリフォードの仕事の予定がなかなか合わず」


「あぁ、そうだな。王下騎士団の仕事は忙しいだろうしな」


「それと、結婚するのにキングストン家は関係ないな、親から言われたから仕方なく報告に行くけど面倒くさいし、と思っていたら、後回あとまわしになってしまいました」


「おい」



 ウォーレンは、再び深いため息をついた。


 セントラルからノースマウンテンに入ってすぐのところに大きな城がある。形状美けいじょうびよりも、機能を重視したような、そんなキングストン家の住まう城に、イザベルは訪れていた。


 理由は、単純で結婚報告である。


 イザベルを含むオルブライト家は、政治的にキングストン派閥はばつである。ゆえに、会議の場では、キングストン家を支持するし、セレモニーがあれば挨拶に行く。


 ゆえに、結婚するとなれば、一早くキングストン家に報告に行くのがすじであり、イザベルの両親もそのように考えていた。


 しかし、先に述べた理由でイザベルは、ずっとキングストン家への訪問を先のばしていたのだった。


 ぶっちゃけ、面倒くさかったし。


 このまま、しれっと報告しないで済まそうと思っていただけれども、ついに母に怒られ、渋々と、こうしてキングストン家に足を運んだわけだ。



「まぁ、おまえがそういう女なのは知っているから、何も言わんが、もう少し世渡よわたりの仕方を覚えろよ」


「努力します」



 面倒なことを面倒と言ってしまうのが、自分のわるいところだと、イザベルは自覚していた。



 ウォーレンは、頭が痛そうに少し眉間みけんを抑え、それから気怠けだるそうにイザベルの方を見直した。



「それにしても、おまえが結婚するとはな。俺の用意した見合い話を何度も断ったくせに」


「えぇ、まぁ、私も自分で驚いているのですが、なんと言いますか、タイミングです」


「タイミングとしては、すでに遅きにしっしていると思っていたが」



 この男、さっきから反論しにくいことしか言わないな。



「まぁ、いい。とりあえず、祝いの言葉を送ろう。おまえの母、エイダもさぞかし安心したことだろうよ」


「えぇ、泣き崩れていました。こんな不肖ふしょうの娘をもらってくれる気の毒な方がいらっしゃるなんて、神様ってのは本当にいるのね、と。あそこまで言わなくてもいいと思うのですが」


「心中さっしてやれ。正直、30歳を超えたおまえを結婚させるなど、悪魔であってもさじを投げだす所業だと思っていたからな」



 いや、絶対そこまでではないと思う。


 たぶん。


 

「それで結婚式だったな。わるいが、そちらは欠席させてもらうぞ。もう俺もとしだからな。身内ならばいざ知らず、知人の結婚式にまでは出ていられない。何か祝いの品を送ろう。それで済まさせてくれ」


「そうですか」



 イザベルは、スッと息を吸い、そして、足を肩幅かたはばに開いた。



「いえ、祝いの品は不要です、ウォーレン閣下」


「ん?」



 イザベルの低い声に、ウォーレンは眉をひそめた。



「どういう意味だ?」


「そのままの意味です。私は敵からのほどこしは受けません。ゆえに、閣下に何かを施していただくことはできません。それは筋が通らない」


「ほう。それは不穏なもの言いだな。まるで、俺と敵対しようとしているようだ」


「そう言っているんだ、ウォーレン閣下。私がここに来たのは、あなたに結婚の報告をするためではない。私の敵なのか、どうなのか、はっきりさせるためだ」



 イザベルが、ダンと足を一歩踏み込むと、周囲にひかえていた剣の騎士団ソード・ナイツが、一斉いっせいに身構えた。


 城に入る前に、剣は取り上げられた。彼女は何も持っていない。それでも、剣の騎士団は、まるで龍にでもいどまんばかりにおそれを表していた。


 一方で、面と向かっているウォーレンは、身じろぐことなく、ただ淡々と話を続けた。



「何を言っているのかわからんな。今、俺の敵になろうとしているのは、おまえの方だが?」


とぼけるな。私が何を言っているのかくらいわかるだろ」



 イザベルは、ふんと鼻を鳴らしてから告げた。



「舞踏会での誘拐事件だ」

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