第28話 初夜(仮) その3
イザベルは自室に帰ると、無言のまま、服を脱ぎ、戦闘用の服へと着替えた。半ば放心していたが、装着の仕方は身体が覚えていた。
鋼の鎧。胸、胴、腰当、靴に籠手と組み上げていく。それぞれ、魔法細工が施されており、装備して魔力を通せば、力の補助を得られる。
さらに剣を加えた状態を、騎士の
戦争や魔物退治をする際の、騎士の本気の武装である。決して、夜にふとした気分で扮する格好ではない。
「どうしたんですか!?」
部屋を出ると、心配した様子のクリフォードがいた。しかし、イザベルはその顔を見ることができず、俯いたまま、横を通り過ぎ、玄関から外に出る。
月のある夜であった。
外は、存外明るく、白と黒の世界が広がっている。イザベルは、愛馬を起こして、そして、ひょいと
しばらく馬を歩かせて、そして、調子が出てきたところで走らせる。
月夜を駆ける。
風景は乏しく、風は冷たい。馬の蹄が大地を叩く音と、鎧の金属音だけが、夜の黒を彩っていた。
馬は駆ける。
魔法の馬具の補助を受けて、風よりも速く、夜のおぼろげな道を駆けていく。
馬が、足を止めたのは明け方になったとき。
到着地点は、オーロラ湖。
森の奥で顔を出したであろう朝日を受けて、湖が浅く反射し、ほんのりと赤らむ。
イザベルが、鎧を鳴らしながら、歩いていくと濃い霧が大きく
ヒュドラ。
山と見間違えられるほどの巨体。丸々と太った胴体から生える複数の首。その先にある蛇の頭は、明らかに捕食者のそれであり、ぎろりとイザベルの方を睨みつけている。
イザベルの殺気に当てられたのだろうか。
複数のヒュドラの頭部のすべてがイザベルに向けられており、しゅるると舌を出して、威嚇行動をとっている。
だが、イザベルは、いっさい気にせず、剣を抜く。
火の王と呼ばれた龍の牙から削り出したこの世に二つとない剣である。その魔法補助は絶大だが、反動も大きく、使いこなせるのはイザベルしかいない。
そんな危なっかしい剣を両手で握りしめ、イザベルは構えをとる。
「そんな……」
イザベルは、ぽつりと呟く。
それは胸の内の中に暴れ狂う感情の一端であり、あふれ出た言葉であって、言葉は続く。
イザベルは駆けて、
跳んで、
剣を振り上げて、
思いっきり振り下ろすと同時に、
叫んだ。
「そんな破廉恥なことできるかぁ!!」
後日、隊列を組んでやってきた討伐隊は、大嵐が通り過ぎたような死闘の痕跡と、ヒュドラと思しき切り刻まれた残骸と、仁王立ちをする女騎士の姿を見ることとなった。
後に、この事件は、
ーーー
馬・・・現在、イザベルの乗っている馬に出会ったのは3年前。王下騎士団に入団したときに、父から与えてもらたった。イザベルの重量級の武装の重さに耐えるだけの力を持っており、たいへん優秀な馬である。初めは、怖がりで戦場で足をよく止めたが、イザベルと戦場を走り回っている内に、彼女に似て大胆不敵になってきた。
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