第52話 後日談 その1

 窓から入り込む日差しがちらつくのをなんとなく眺めながら、クリフォードは紅茶を一口飲んだ。


 事件の後始末を終えて、ようやく家に帰ってきた翌日、さすがに疲れたので、午前中は、だらっとして、午後も特に何もする気がない。魔法道具細工の仕事はまっているが、明日からにしよう。



「まるで浜辺に打ち上げられたくじらのようですよ、旦那様」


「せめて生きているモノで例えてくださいよ、ブレンダさん」



 まぁ、鯨を見たことないんだけど、ブレンダは博識なので、おそらく的を得た皮肉なのだろう。


 そのブレンダは、焼き菓子を運んできて、テーブルの上に置いた。



「舞踏会の事件で気を張ってお疲れなのはわかりますが、もうずいぶん経ちますよ。そろそろ気を引き締めてもらいませんと」


「そうは言いましても。あの後、王族暗殺の疑いをかけられるし、王下騎士団の取り調べは受けるしで、ようやく解放されたんです。少しはゆっくりさせてくださいよ」


「やれやれ、だらしのないところが大旦那様に似てきましたね」


「父上に? 僕はそんなところ見たことがありませんけど」


「旦那様の前では、気丈に振る舞っていましたからね」



 そうなんだ。

 意外だな、とクリフォードは焼き菓子を一つ頬張った。



「それで? 事件の顛末はどうなったのですか? スウィフト家の名に傷をつけるようなことにはならなかったでしょうね?」


「その点については、問題ありません。キングストン家が全面的に非を認めました」


「そうですか。正直に言って、意外ですね」


「武装騎士という物的証拠がありましたからね。さすがのキングストン家も言い逃れできなかったんじゃないですか。デビッド王子もずいぶん怒っていましたし」



 これは、半分本当。武装騎士が裏庭で倒れているのを見て、デビッド王子は、たいそうご立腹であった。


 一方で、武装騎士相手に生身の体で戦って勝ってしまったイザベルに対して、『本当に人間離れしているな』とデビッド王子は呆れていた。



「今回の事件で、キングストン家の信用は滑落かつらくしましたね。三大貴族で均衡きんこうたもってきたというのに、また勢力争いが激しくなりそうです」


「いや、そうはなりませんよ。マイルズの処分はとなりましたから」


「? そんなはずがないでしょう。殺人の罪には殺人の罰を与えるのが筋というものです」


「誰も死んでいませんけどね」



 イザベルにやられた武装騎士も一命をとりとめた。やられ方がひどかったので、一人くらい死んでいるかと思ったが、その点、運がよかったといえる。



「それは結果論でしょう」



 ブレンダは不満の声をもらす。



「まぁ、実際のところは、キングストン家が多額の金品を王家に支払ったそうです。それで実質不問。隊長職はく奪は、単にイザベルさんの報復人事です。なんといっても、あの人、団長ですから」


「納得のいかない話ですね。まぁ、政治はいつも納得のいかない話ばかりですが」


「同感ですが、王家も三大貴族の均衡を崩したくなかったんでしょう。僕も、権力闘争でごたごたするのはごめんですし」



 キングストン家の信用が落ちたのは、その通りだろう。しかし、そもそもキングストン家の権力は三大貴族の中で頭一つ抜けていた。これで、ちょうどよくなったんじゃないか。



「それでは、旦那様にとってはただの災難でしたね。仕事も滞ってしまいましたし、剣も折られてしまいましたし」



 剣を折ったのは、嫁ですが。



「まぁ、あの状況で、みんな無事だったんだから、よしとしますよ。イザベルさんも重傷ではありますが、命に別条はありませんでしたし」



 普通ならば死んでいる、なぜ生きているのかわからないと、医者が驚いていた。あんたの嫁は何者なんだと尋ねてくる医者に対して、クリフォードは、愛想笑いを返しておいた。



「旦那様もあまくなられましたね」


「そうだね。命に別条がないとはいえ、あれだけ家族を傷つけられたら、本来、報復すべきなんですけど」



 クリフォードは小さく笑う。



「嫁があれですからね」


「まぁ、あれですからね」



 焼き菓子をかじるクリフォードと、ブレンダは、同時にため息をついた。

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