第51話 思い出の地での攻防戦 その6

「どの口が言うんだ! 最後、完全に力任せだったじゃねぇか!」


「いや、あれこそ愛だ。愛パンチだ」


「うるせぇよ!」



 あれ? けっこういいこと言ったと思ったのだが。マイルズには伝わらなかったらしい。



「で、どうするんだ? まだやるのか?」



 イザベルが剣を向けると、マイルズは、一歩足を引いた。できれば、ここで引きさがってほしい。


 もう身体が限界だ。


 マイルズの言う通り、完全武装の騎士と、剣一本あったとはいえ、戦うのは無理だ。だから、ちゃんと無理が身体に跳ね返ってきている。


 折れた腕は、もう使い物にならないし、全身の筋肉が悲鳴をあげている。実のところ、もう立っているのがやっとだった。


 それに、剣もおかしい。能力向上の効果が薄れているし、柄の付け根のところが、ガタガタする。


 仕込み剣だからな。


 あと一回振ったら、崩れ落ちそうだ。


 もしもマイルズが、さらに反抗してきたら、イザベルに勝ち目はない。クリフォードに任せるしかないが、マイルズは阿呆だが、剣の腕は確かだ。素手で、クリフォードでも勝てるかどうか。


 イザベルが、マイルズの次の動きを観察していると、彼はもっとも正当で、もっとも小悪党な行動をとった。



「う、動くな! 動いたらこの女の子を殺すぞ!」



 忘れかけていた人質。どこぞの女の子を、マイルズは、ひっつかみ、剣を押し当てた。



「本当にクズだな、貴様」


「うるせぇ! こっちは後がねぇんだ!」



 だからって、女の子に剣を向けるか? わかっていたことだが、騎士の風上にも置けない奴だ。


 しかし、どうしたものか。


 クリフォードの方を見遣ると、珍しく彼もまじめな顔をしていた。顎に手を当てて、マイルズの方をみつめている。


 どうやら彼も現状を打破する策を考えているようだ。



「あの、イザベルさん」


「何だ?」


「あの子誰ですか?」


「そっち!?」



 確かに! 確かにクリフォードは後から来たから状況を理解できないのはわかるけど!



「まさかイザベルさんの隠し子ですか?」


「そんなわけあるか! 私はこの間まで子作りの仕方も知らなかったんだぞ!」


「あぁ、そうでしたね。そういえば、その件について話があると前に言ってませんでしたっけ?」


「今じゃない! 後で話そうと言ったにもかかわらず、勇気が出なくて、後回しにしていたが、今じゃない!」


「そうですか。ところでホリーがどこにいるのか知りませんか?」


「今じゃないんだ、それも!」



 少し前だったら、よかったんだがな。人質がホリーだと思っていたあたりだったら、まだよかったんだがな!


 しっかり者のクリフォードであるのだが、ときどき天然なところを見せることを、イザベルは知っていた。



「おまえら! ふざけてんじゃねぇ!」



 わりともっともなことを言うマイルズのおかげで、気が抜けそうになったところを、イザベルは持ち直す。


 一方で、マイルズは、緊張の限界に達しているようであった。



「くっそ! みんなして、俺をバカにしやがって! こうなったら、こうなったら!」


「ま、待て!」



 イザベルの制止の言葉に聞く耳持たず、マイルズは、剣を振り上げた。



「こいつを殺して――」


「えい!」


「ぐぺぇ!?」



 突然のことに、イザベルは、目の前で起こったことについていけなかった。


 何かが降ってきたのだ。

 明らかにタイミングを計ったように現れたそれは、マイルズの真上に現れ、彼の頭に、見慣れた蹴りを食らわせた。


 落ちてきた彼女は、青いドレスをひらりとひらめかせ、ステップを踏むかのように見事に着地し、にかりと悪戯っぽく笑った。



「ほら、やっぱり効くじゃない。私の蹴り」


「ホリー!?」



 驚くイザベルを見て、ホリーは得意げに胸を張った。



「どうしてここに?」


「どうしてって、うーん、そうね。ひとえに愛の力、かな」



 もちろんパパへのだけど、と付け加えるホリーの言葉を聞いて、イザベルは顔を赤くする。



「聞いてたのか?」


「まぁ、わるくはなかったけれど、もう少しおしとやかな方がパパの好みだと思うわ」


「……やめてくれ」



 何だか急に恥ずかしくなってきた。



「ホリー、イザベルさんをいじめる前に、パパに言うことはないのかな?」


「げ! パパ……! えっと、違うの。パパを探しに行って、迷子になっちゃって。決して、悪戯していたわけじゃ」


「はぁ、パパはすごく心配したなぁ」


「……ごめんなさい」



 ふと見ると、クリフォードが、いつの間にか、マイルズの側近を制圧している。マイルズが倒されたときの隙をついたのだろうが、それはつまり。



「クリフォードは、ホリーに気づいていたのか?」


「えぇ、まぁ。みつからないかとひやひやしましたけれど」


「急にホリーの話をしたのは、合図か?」


「本当は身を隠しておいてほしかったんですけど、今にも参入しようとしていたので、仕方なくですよ」



 すんなりと言ってのけるクリフォードを見て、自分の視野の狭さが情けなくなる。加えて、彼らの絆にはまだ及ばないということに気づき、少し寂しくなった。



「ありがとう、クリフォード、ホリー。助かった」



 イザベルが絞るように述べると、急に眠気に襲われた。どうやら、本当に気が緩んでしまったらしい。痛みが意識を呑み込んで、身体の力が抜けていく。


 ふと、倒れそうになったところ、トンと抱きしめられるようにして、クリフォードに支えられた。



「何言っているんですか。お嫁さんを助けるのは当たり前のことですよ」



 クリフォードは、にこりと笑みを浮かべた。



「愛の力、なんでしょ?」


「……いじわるだぞ」



 真っ赤になる顔を隠すようにして、イザベルはクリフォードの胸に顔を埋める。彼の心臓の音を聞いて、イザベルはついにうつらと眠気の中に落ちていった。


 夢と現の狭間で見たのは、真ん丸の月と、光に照らし出される噴水、そして、悪戯っぽく笑う彼の笑み。



「ここで、こんな無粋なことは、したくなかったな。あいつと会った思い出の場所だから」



 ぽつりと零して、その言葉に誰かが応える。



「奇遇ですね。僕もですよ。ここは、僕にとっても友達と遊んだ思い出の場所で――」



 彼の言葉を最後まで、聞く前にイザベルは眠りの底へと落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る