第50話 思い出の地での攻防戦 その5

 軽過ぎる。


 いつも使っている火龍牙は、重量級の剣だ。一方で、この仕込み刀は、持っていることを忘れてしまいそうなほどに軽い。剣は軽い方がいいという奴もいるが、イザベルの場合、ある程度重さがないと力が伝わらないような気がする。


 イザベルは、慣れない柄の感触を確かめながら、剣を二度三度と振った。


 だが、慣れるまで、覆面の男は待ってくれない。むしろ、突然の事態に驚いたのだろうが、今までよく待ってくれたものだ。



「クリフォード、下がっていろ!」



 覆面の男の剣に、イザベルは剣で合わせる。

 金属のぶつかる高い音。


 別の覆面の到来に気づき、イザベルは剣を払って、対応する。


 斬撃を見切って、避ける。

 そのままの勢いで、鎧の上から蹴り飛ばす。

 

 先ほどまでとは違う。

 魔法細工付きの剣で、能力が向上している。


 ゆえに、イザベルの蹴りで鎧がべこりとへこみ、その重い鎧ごと吹き飛んだ。

 


「なっ!?」



 驚きの声がどこからかあがる。


 同時に踏み込んできた覆面男の攻撃を、イザベルは身体を沿って躱す。

 

 流れを止めず、剣を振り、相手の頭を兜の上から弾き飛ばす。


 頭をかちわるつもりだったが、さすがに兜を割るのはむりだった。だが、へたりと覆面の男は崩れ落ちる。



「くそっ!」



 残りの2人がいっせいに襲いかかってくる。

 

 イザベルは待たずに、前に出る。

 1人に絞って、イザベルは剣を振るう。

 一撃目を合わされる。

 すぐに二撃目、三撃目を繰り出す。

 

 三撃目はフェイク。


 剣をおとりに、姿勢を一気に低く沈め、横に跳ぶ。これはホリーの技なのだが、ちょっとお借りする。


 視界からの一瞬の喪失。


 そして、死角からのハイキック。


 これで4人。


 最後の1人は、キック中のイザベルの隙をついて斬りかかってくる。


 だが、焦ったのだろう。

 想定内の角度とタイミング。

 

 イザベルは剣で防ぐ。

 態勢がわるかったので、抑え込むことはせず、相手の力に合わせて後ろに下がる。

 

 足場を確かめた後に、イザベルは一気に攻めに転じる。


 まず、剣でけん制。

 覆面男は、咄嗟に剣を構える。


 その動作とは裏腹に、間合いを詰める。

 詰め過ぎなほどに。

 剣の間合いを踏み越えて、懐に。

 覆面男はその意味に気づいて、防御に回る。


 イザベルは、その動作に気づきつつも、折れた方の腕の拳を握り込んで、踏み込んだ。



「ふん!」



 拳は、覆面男の両腕に防がれる。

 骨の奥から脳天に痛みが走る。 


 だが、イザベルは、歴代最強と言われる女騎士は、そんなことで止まるような女ではなかった。


 より深く石畳を踏み込んで、体中の筋繊維を音を立て引き締めて。


 貯め込んだ純粋な力は、拳の一点へ。



「おらぁ!」



 気合と共に、イザベルは拳を振り抜き、覆面男の両の腕の上から、力の限り殴り飛ばした。


 倒れた5人の覆面男、その中で1人、イザベルは肩で息をして、堂々と立っていた。


 風の音がやけに静かで、イザベルの荒い息だけが、一定のリズムを刻んでいた。



「……化け物め!」



 吐き出すように、やっと言葉を発したのは、マイルズであった。



「完全武装していたんだぞ!? それも5人! 剣の能力向上があるからといって、こんなことありえるか!」



 もはや怯えたように、マイルズは目をおろおろとさせて、イザベルの方を見ていた。



「くそっ! 本当に人間なのか? ヘビィコングが人間の皮をかぶっているんじゃねぇのか? いや、そうとしか思えない!」



 言われ慣れたフレーズに、イザベルは、ため息をついて返す。



「そんなことを言っているから、貴様はいつまで経っても弱いままなのだ」


「何だと!」


「肉体の力も、魔法の力も、そんなものは強さのほんの一部でしかない。私も、最近知ったのだがな。本当に大事な力というのは」



 イザベルは、ぎらりと瞳を輝かせて、腰に手を当て、胸を張って、自信満々に告げた。



「愛の力だ」

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