第95話 ホリーの冒険 その3 ~地下通路~

「ねぇ、トーマス。これって死んでいるわよね?」


「あぁ、死んでるね。間違いなく」



 ホリーとトーマスは、床に倒れているどこぞの誰とも知れぬむくろを見て、しみじみと話していた。


 地下通路には無数の罠があった。侵入する者を明らかにこばむそれらの装置は、道の先によほどに大事なものを隠していることを予感させた。


 一方で、拒まれたであろう者達も散見された。ここ最近のものではない。白骨化しており、骸骨がいこつとなった者がときおり足に当たった。


 レイチェルなどは初めこそ悲鳴をあげていたが、しばらくして慣れたようで、鬱陶うっとうしそうに蹴飛ばしていた。


 ホリーはというと、少し驚いたけれども、むしろわくわくが勝った。これは一般的には異常といえる反応だったが、まだ死への理解が浅い彼女にとっては、自然なことであった。


 ただ、そんなホリーでもさすがに足をひっこめざるをえなかった。


 目の前に倒れている男は死んでいる。いや、死体ならば既に何体も見ているが、その死体は白骨化していなかった。



「つい最近、いや、ほんの少し前に死んだみたいだね。まだ身体が温かい」


「ちょっと、トーマス。そんなの触らないでよ。ばっちぃじゃないの」


「いや、矢が胸に突き刺さったのが死因みたいだよ。毒の類じゃないから大丈夫」


「そういう意味じゃなくて」



 なんとなく死への忌避感きひかんだけは持っているホリーは、死体に触るのは嫌だった。


 いや、それよりも問題は、この男がつい最近死んだことだ。



「トレジャーハンターね。ライバルだわ」


「うーん。少なくとも迷い込んだわけではないだろうね」


「こうしちゃいられない。急がなきゃ」


「君には、怖いとかそういう感情はないわけ?」


「あるわよ! でも、怖がってたら何か問題が解決するわけ? 龍の心臓が手に入るの? 入らないわよね。じゃ、進まなきゃ。怖いときは目をつむってでも前に進め、よ」


「イヴァン神話三章、預言者シージの言葉だね」



 さすがトーマス、知っていたか。


 ちょっと格好つけたことを言ってみたかったホリーは、その真意が通じたことに満足そうに胸を張った。


 

「トーマスはどうなの?」


「君は止めても勝手に行っちゃうだろ。ここで見放したら、お母様にも先生にも怒られちゃうよ」


「ふふ、そんなこと言って、この先が気になるだけのくせに。レイチェルはどうする?」


「も、もちろん、わ、私もお兄さまとお姉さまについていきますわ」


「あら、たくましいわね。大丈夫よ。レイチェルのことは私が守ってあげるから」



 レイチェルの頭をでてから、で、とホリーはもう一人に目を向けた。



「で、もう一人なんだけど」



 ぺたりと地面に座り込んだもう一人、サラは、すんすんと鼻をすすって、顔を手でおおっていた。



「もうやだぁ~! おうち帰りたいぃ~!」



 どこぞでイザベル団長に匹敵するほどの逸材、剣の天才とまでうわさされた女、サラ・リネハンは、その才能の片鱗へんりんさえも見せずに、少女というより幼女のようになさけなくべそをかいていた。


 まぁ、仕方がないといえば仕方がない。


 サラは、致命傷こそないが、あちこちに傷を負っていて、しかも、ほとんど半裸の状態であった。


 なぜならば、罠という罠にすべてひっかかっていたからである。ホリーやトーマス、レイチェルが素通りする中、が矢と投石と落とし穴のえじきになっていた。


 しまいには、溶解液ようかいえきびてしまい服をあらかたかしてしまったわけだ。


 つまり、ぼろぼろのぼろである。剣の天才といえど、年端としはもいかぬ少女なのだ。半裸で暗い地下通路を歩いていれば、帰りたいと泣きたくもなる。



「何で、ひっく、何で私ばっかり」


「そうよ! サラばっかりずるいわ!」


「うん、ホリー、そういう話じゃないよ」



 トーマスが横からちゃちゃを入れてくるが、ホリーの不満は止まらなかった。



「だって、私も罠にはまりたい!」


「その反応は絶対に違うと思うよ、ホリー」


「こう、かっこよくササっと罠をけたい!」


「サラを見て、どうしてそんな感想が出るのかわからないよ、ホリー」


「サラは楽しそうでいいわよね」


「もうやめようね、ホリー。サラが本気で泣いちゃうから」



 トーマスが止めるので仕方なくホリーは、サラをなじるのをやめた。



「ほら、サラ。進むわよ。目的地はもうすぐなんだから」


「えっぐぅ。もうすぐって、どうして、わかるの?」


かんよ」


「うぇぇぇん!」



 実際のところ、ホリーは、本当に勘で告げた。しかし、その勘は妙な形で当たることとなった。ホリーは、ふと気づき、顔をあげる。道の奥から、足音が聞こえてきたのだ。



「ん? 何でこんなところにガキがいるんだ?」



 男共であった。


 騎士や貴族といった気品を感じない。先ほど死んでいた男の仲間であろうか。どことなく、テッドと同じような下品な臭いが鼻についた。



「あ、子供? 聞いてねぇぞ」


「どこから迷い込んだんだ? フランケンの旦那は何か言っていたか?」


「知らねぇよ。どうでもいいだろ。見られたからには、どっちにしろ」



 何やら話していた男共は、いっせいにこちらを向いて、



「殺すしかない」



 冷たい顔を張りつけ、そして、武器を取り出した。


 だが、



「ふん!」



 ほぼ同時に、前面の二人が倒れた。颯爽さっそうとホリーと男共の前に現れたのは、先ほどまで泣きべそをかいていたサラであった。



「どこの誰だか知りませんが、私の目の前で、武器を取り出すなんていい度胸ですね」



 右手に木製の短刀を持ち、片足にしゃの構えという珍しい構え。その手際てぎわは、さすがであり、ホリーですら、一瞬、何が起こったのかわからなかった。


 さすがは剣の天才、といえるほどのふるまいを見せたサラであり、男共にとっては脅威になりえるはずなのだが、彼らの第一声はまったくそれらとは関係のないことだった。



「どうして、半裸なんだ?」


「見んな!」

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