第96話 囚われのイザベル その4 ~大堂~

「ぐぉぉぉぉお! さすがに解けんか!」



 からだ中に龍縛鎖を巻き付けられたイザベルは、両腕に力を込めて、その鎖を引き千切ろうとしていた。



「なぁ、フランケン先生、あれ、本当に魔獣をしばるやつなのか?」


「うん、そのはずなんだけど。魔境騎士団からくすねたやつだし」


「何か、ちょっと壊れそうなかんじなんだが?」


「いや、壊れないと思うよ? さすがに」


「聞いたことない音が鳴ってんだけど!?」


「地獄の底を引きるみたいな音だよね。龍縛鎖って、引き千切ろうとすると、こんな音が鳴るんだね」



 イザベルに龍縛鎖を巻いた張本人、フランケン博士とオズ、その仲間達は、顔を青くしていた。


 自分達で巻いたというのにおかしな話だ。


 キャサリンでないとばれてしまい、龍縛鎖で拘束されることとなったイザベルは、ちょっと抵抗してやろうかと思った。


 だが、状況がさほど変わっていないことに気づき、イザベルは、自らをいさめた。人質は健在なのである。


 ゆえに、おとなしく龍縛鎖に拘束されたわけだが、なぜ、こんなふうに龍縛鎖を引き千切ろうとしているかというと、オズにあおられたからだった。


 解けるもんなら、解いてみろ。


 そう言われたら、挑戦せずにはいられないと力を込めてみたのだが、さすがにだめだったようだ。



「これ以上、力を入れると破れてしまうな」


「「まだ本気じゃないの!?」」



 驚きの声がとどろく中、イザベルは力を込めるのをやめた。魔法武具をつけていれば、破れそうな気がするが、生身なまみでは仕方がない。



「ふ、私の負けのようだ。好きにしろ」


「いや、別にあんたに用はないし、というか怖いし、近寄りたくないわ」



 龍縛鎖を千切れなかったのに、何を怖がっているだろうか、とイザベルは首を傾げた。すると、オズは背筋に水を垂らしたように震えて二歩下がった。



「いやぁ、聞くにたがわぬですねぇ。生身でこれとは驚きます」



 一方で、フランケン博士は、あきれたように笑いながらも、手を打っていた。



「さすがは、スカル大将軍の軍勢を退しりぞけた女、歴代最強の騎士と言われるだけはありますね。を武具なしで倒したと聞いたときは、耳を疑いましたけれど、これだけ人間離れしていれば、納得です」


「人形? 何のことだ?」


「ん? あぁ、知らないならいいんです」



 なぜかうれしそうなフランケン博士に対して、オズの方は苛々としていた。それはそうだろう。とらえたと思っていたキャサリンが、まったく別の女だったのだから落胆らくたんもする。


 初めから、杜撰ずさんな計画だったのだ。むしろ、今の状況の方が妥当のような気もするが。



「おまえら、何が目的なんだ?」



 オズに尋ねたのではない。彼は仲間を集めて、これからの対応について話し合っているようだった。だから、近くで何やらこちらを観察しているフランケン博士に対してであった。



「ん? 彼らが言っていなかったかい? ほら、あれだよ、異教徒の国フラーとの国交断絶がどうとか。そのために外交官の嫁をさらおうとしたんでしょ」


「そこがわからない。ベネディクトはマッキントッシュ家の次期当主ではあるが、今はたかが外交官だ。国交断絶などができるほどの権力があると本気で思っているのか?」


「そんなこと僕は知らないよ。大事なことは、彼らが、そうだと信じていることだよ。信じる者は救われるってのは、信徒の常套句じょうとうくじゃなかったっけ?」


「やはりそうか。貴様は、信徒じゃないな。それでいて、この作戦の成否に興味がない」


「そんなことないよ。成功したらいいな、と思っていたもの。まぁ、君の言う通り、僕は彼らとは違って信徒ではないけれど、僕には僕の目的があるからね」



 そう言って、フランケン博士は、イザベルの胸元にあるネックレス、龍結晶を手に取った。



「怒龍トールの血を固めた結晶。龍の身体はどの部分も貴重だけど、血は特に貴重だからね。ずっとほしかったんだ」


「貴様、これが本当に龍の血だと思っているのか? 正直、龍結晶なんてものはこの世にいくらでもあるが、そのほとんどがまがい物だぞ」


「何を言っているんだい? これは本物だよ。君は、確か火龍牙を持っているんだろ。だったら、わからないかい? これにはが詰まっているよ」


「いや、私は何も感じないが」


「……そうかい」



 何だ、そのがっかりした感じは?

 感じないものは感じないのだから仕方ないだろ。



「まぁ、これはオマケなんだけどね」


「オマケ? 他にも目的があるのか?」


「そうだね。彼らにとっては、途中の障害でしかなかっただろうが、僕にとってはそちらが本命といったところかな。前の作戦で、人質が有効だということは確認しているから、うまくいくとは思っていたけれど、ここまでうまくいくとは、いやぁ、彼らのことを見くびっていたのね」


「何だ? いったい何が目的なんだ?」


「わからないかい? 僕の目的は、君だよ。人類最強の女騎士、イザベル団長」


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