第97話 クリフォードと救出作戦 その3 ~聖堂前~

「いやぁ、気づいてくれてよかったっすよ。あたしは、考えるの専門で、動くのはからっきしなんで」



 黒いコートを羽織った女、マッドは、寝ぐせのついた髪を適当にでながら、そんなことを告げた。


 聖堂の外側に埋め込まれている木々のかげに彼女はいた。一応、光でこちらに知らせてはいたが、クリフォードが気づいたのはほとんど偶然だった。



「どうして、君がここに?」


「そりゃ、仕事をしに来たに決まっているじゃないっすか。そうでなければ、呼ばれてもいない結婚式に来たりしないっすよ」


「この事件が、UGA案件だと?」


「その可能性があるって話っす」


「とすると、UGAは、あそこにフランケン博士がいると考えているんですか?」


「あくまで可能性っすね。むしろ、それは英雄さんに聞きたいんすけど。何か、心当たりはありませんか? 今回の手口にフランケン博士っぽさがあったりとか?」


「何ですか? フランケン博士っぽさって?」


「……いや、いいっす」



 マッドをがっかりさせてしまって申し訳ないが、クリフォードは、そんな昔のこと覚えていない。


 ただ、違和感はずっとあった。


 無能な者達が、分不相応な力をもってしまったようなちぐはぐさ。フランケン博士にそそのかされたのだと言われれば、納得はできる。


 マッドは、かるくため息をつく。



「こっちもただのテロだったら干渉しないんすけどね。フランケン博士を、公の場にさらすわけにはいかないんで」


「まぁ、UGAとしてはそうでしょうね」



 UGAは、騎士団と違って、に戦うのではない。あくまで、。表に出せない国家のやみを、闇から闇へとほうむり去る。たとえば、非人道的な実験を繰り返していた王立研究所ローズ・ラボ死霊使いネクロマンサーとか。



「はぁ、いい迷惑めいわくっすよ。ただでさえオーバーワークなのに。あたし、言ったっすよね。から結婚式をするなら、十分に注意してくださいって」


「君らがさっさとフランケン博士を消していれば、こんなことにはならなかったと思いますが?」


「それを言うなら、英雄さんがちゃんと殺しておかないのがわるいんっしょ。って、そんなこと言い合っても時間の無駄っす」


「えぇ、そうですね。それじゃ、さっさと準備をしてください」


「? 何のっすか?」


「君は何をしにきたんですか? 聖堂の中に侵入して、テロリストを制圧するんですよ」


「あ、協力してくれるんすか? まぁ、お嫁さんが中で捕まっているんすもんね。心配っすよね。ふふ、お熱いっすね」


「いえ、娘を探すんです」


「……お嫁さんは?」


「イザベルさんは殺しても死なないので問題ありません」

 

「お嫁さんは屍人か何かなんすか?」


「失礼な。ただ強さが人間離れしれているだけですよ」



 そして、そのイザベルが中にいるのに、まだ事態が収束していない。ということは、とクリフォードは思案する。



「イザベルさん以外に、人質がいます。イザベルさんが、テロリストを制圧できないのはそれが理由でしょう」


「普通に力でかなわないからとは思わないんすね」


「可能性はありますけどね。どちらにしろ、中の様子を知らなければ動きづらい」


「そうっすね」


「だから、中の様子を調べてください」


「丸投げっすか!?」



 大げさに驚くマッドに対して、クリフォードはこくりと首を傾げた。



「UGAには、武術か魔術の専門家しかいません。君は明らかに後者でしょ。だとしたら、君に真っ当な役割を振っただけだと思いますが」


「簡単に言ってくれるっすね」



 マッドは、頭をかいた。



「あの聖堂は元要塞もとようさいってこともあって、魔術的アプローチがほとんど効かないんすよね。今、あちらの矢の騎士団連中が攻めあぐねているのもそれが理由だと思うっすし」


御託ごたくはいいんです。できるかできないかは聞いていません。さっさとやれと言っているんです」



 ビクッとマッドは、一度震えた。どうやら少しきつい声を出してしまったようだ。



「もう、英雄さんは、人使いが荒いっすね。まぁ、やれと言うならやるっすけど、ちょっとばかし荒っぽいやり方になるっすよ」


「構いません。何なら聖堂を破壊してもらってもいいです。ただ、娘に怪我をさせたら、僕が君を殺します」


「……英雄さん、冗談は冗談っぽく言ってくださいっす」



 別に冗談を言ったつもりはなかったのだが、クリフォードは、かるく笑ってみせた。


 それよりも、クリフォードは、マッドの力量の方に興味があった。この歳で、UGAに所属しているのだから、実力に間違いはない。しかし、現状を打破する方法を、果たして彼女は有しているだろうか。


 マッドは、かばんから魔法具を取り出した。かぶとのようだが、形が異様で、大きな虫の羽のようなものが頭から複数生えており、口の前に丸いがあった。


 透視魔法を使うのだろうか。しかし、先ほどの話では、聖堂には魔法のたぐいは効かないとのことだが。



「英雄さん。ちょっと耳をふさいでいてもらえるっすか?」


「?」


「いくっすよ」



 マッドは、始めの合図を口にすると、魔力をめぐらせ、かぶった魔法具を起動させた。魔法具は、刻まれていた文字の部分を青くきらめかせ、そして、飾られた羽がぴこぴこと動かしていた。


 聖堂の方を向き、マッドは、のけ反るようにして息を吸い、そして、



「わっ!!!!!」



 叫んだ。

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