第47話 思い出の地での攻防戦 その2

「人質を間違える奴があるか!」



 マイルズは、側近に怒鳴りつけた。



「す、すいません! なにせ、誘拐など初めてだったもので!」


「俺だって初めてだよ! だから、入念に下調べしたんだろうが!」


「いえ、ですが、情報通り、ツインテールの女の子を連れてきたのですが」


「バカか! ツインテールの小生意気なガキと言っただろ! こいつは全然小生意気じゃない! むしろかわいいだろ!」



 ちょっと、会話がバカ過ぎてついていけないのだが。


 イザベルは、呆れた顔で、マイルズ達の内輪もめを眺めていた。



「なぁ、もう帰っていいだろうか?」


「ちょっと待て!」



 待つのか。


 何待ちなんだろう。というか、待つ必要ないよな。うん。



「わるいが、旦那を待たせているのだ。話がまとまってから、また呼んでくれるか?」


「待てって言っているだろ! おまえ、この状況がわからないのか!」


「いや、素直にわからないんだが」


「あ、あれだ! 人質がいることには変わりないんだぞ!」


「それはそうだが」


「そ、そうだろ! だったら、取引だ。さっさと腕を斬れ! さもないと、この、あぁ、この、どこの誰とも知らないガキが死ぬことになるぞ!」


「いや、それは、確かに由々しき事態なんだが」



 かなりテンパっているようだが、マイルズの言っていることは間違っていない。ホリーでないとはいえ、人質にされた女の子を見捨てることはできない。


 ただ。



「知らない、子、だからな」



 先ほどまではホリーのためと思って、腕を斬り落とす覚悟を決めた。しかし、見ず知らずの女の子となると、もう少し躊躇ためらいたい。



「それは、そうだな……」


「いや、見捨てるわけではないんだ。ただ、人違いをされると、こちらも決心が鈍る」


「あぁ、言わんとすることはわかる。だが、そこをなんとか」


「こういうのはどうだろうか。今日のことは、私も忘れることにする。だから、貴様も、その女の子を解放して一度出直せ。またの機会にしよう」


「あぁ、それもあり……、なわけあるか! ふざけんな! 今さらそんなことできるか!」



 だよなー。


 イザベルがため息をつくのに対して、マイルズは苦悩の表情を浮かべ、髪をかきむしった。かと思うと、急に笑い出す。



「こうなったら、人質なんてどうでもいい。最初の予定通りだ! 野郎ども、あいつをぶっ殺せ!」



 号令がかかった瞬間に、覆面の男が、一斉に構え、剣を引き抜いた。



「ふふ」


 なんとも強引で頭のわるい展開に呆れつつも、イザベルは、思わず笑ってしまった。



「やっとわかりやすくなった。初めからこうしてくれればよかったんだ」



 イザベルは、ヒールを石畳に打ち付け叩き折り、腰を深く落として、拳を握る。



「おまえ、なぜ笑っていられる? 完全武装した騎士に、生身でかなうと思っているのか?」


「バカか、貴様。敵おうが敵うまいが、やるしかないのだろうが」



 それに、とイザベルは続ける。



「これだけの人数を揃えないと私に立ち向かってこられない臆病者共だ。ちょうどいいハンデだろ」



 イザベルの挑発に、マイルズはもちろんのこと、覆面共も怒りを露わにした。


 だが、やはりマイルズの言うことは正しい。イザベルが着ているのはただのドレス。彼らが装備しているのは、魔法細工を施された鎧。


 せめて剣だけでもあれば。


 などと負ける理由をつくっても仕方がないと、イザベルは思考から排除する。


 風が吹く。


 空に舞った水が、風に乗って散らばり、月の光を吸い込んで煌めく。


 吹かれて飛んできた木葉が、ひらりと石畳に落ちたとき、覆面が動いた。


 小細工のない鋭い剣撃。

 その判断は正しい。

 戦力差は大きいのだから、余計な小細工は不要である。


 イザベルは、足を引く。

 胸の切先を剣が通り抜ける。

 同時に首をひねり、次の剣撃を避ける。


 ちっ! さすがに速いな!


 動きが人のそれではない。

 初動での予測を間違うと、絶対に受動が間に合わない。


 間一髪で数撃を避けた後、イザベルは強く踏み込む。



「はっ!」



 覆面の者への反撃は、顎への掌底。


 鎧の上から素手での攻撃は通らない。しかし、顔面、それも下から持ち上げるようにあごへと掌底をくらわせれば。



「ぐほっ!?」



 さすがに効く。


 一瞬の意識の喪失、その隙に、イザベルは蹴りを頭に叩き込む。



 「っ!」



 面を隠しているだけかと思えば、かぶとを装着していたようだ。さすがに素足で、兜を蹴るのは痛い。



「ふん!」



 が、蹴り抜いた。


 覆面の者は、蹴られた方に吹っ飛び、そのまま動かなくなった。 

 

 まずは、ひと――



「ぐふっ!」



 覆面の者を1人倒したとき、直後に、イザベルは強烈な蹴りをくらった。

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