第39話 女騎士の回想
「正直、私は舞踏会なんかに行きたくなかった。下手なダンスをみんなの間で披露するのはまっぴらごめんだったからな。だが、母上にむりやり連れていかれた」
フリルのついた黄色いドレス、つま先に花を飾った靴、セットされたお団子の髪型で気取っていたのに、泣きじゃくって台無しだった。
「セントラルで開催された、何の変哲もない舞踏会だった。赤いレンガのハーレイ大聖堂。夕焼けに染まった赤色が血のようで怖かったのをよく覚えている」
今では、血など平気だが。モンスターの血ならば、飽きるほど浴びた。
「母上はすぐにどこかに行ってしまうし、友達もいなかったし、会場にはほとんどいなかった気がする」
会場の外に出ると、大きな噴水があって、その縁に座って、ぼんやりと、イザベルは夜空を眺めていた。
「暗い夜の中で独りぼっちで、寂しくなって、こんなパーティ、早く終わってしまえと泣いていたよ」
秋の夜に浮かぶきれいな月に呑み込まれてしまいそうで怖かった。そのとき。
「そのとき、彼に出会ったんだ」
同じ年頃の男の子であった。
気取った服を着こみ、木刀を携えた彼は、噴水の縁に座るイザベルの前に
あれほど強烈な出会いであったというのに、歳のせいだろうか、彼の顔も声もほとんど覚えていない。ドレスの色や、月の大きさは覚えているというのに、不思議なものだ。
ただ。
「自信に満ちた笑い方だけはよく覚えている。彼も舞踏会に嫌気がさして抜け出してきたと言っていた」
ダンスなんかつまんねぇ。剣を振っている方がずっとおもしろいぜ、と彼は木刀を振っていた。
「私は親近感を覚えたが、知らない男の子と話せるほど社交的ではなかったから、木刀を振って遊んでいる彼を見ていることしかできなかった」
おまえもやってみるか、と彼が誘ったのか、私もやってみたいと、イザベルの方から頼んだのか、記憶が曖昧だ。
だけれども、いつの間にか、彼から木刀を受け取って、彼に教わりながら、不格好な姿勢で、慣れない手つきで、イザベルは木刀を振った。
「木刀を振るというより、木刀に振り回されるといったかんじだったけれどな。彼にはへたっぴだと笑われた。だが、ダンスと違って、剣を振るのは楽しかった」
単純な動きが、性に合っていたのだろうか。
気が付くと、舞踏会は終わっていた。いつの間にか彼はいなくなっていて、イザベルは、探しに来た母に連れられてハーレイ大聖堂を後にした。
「結局、彼の名前も聞けなかったし、どこの誰ともわからなかった」
あれ以来、彼とは会えていない。
「ただ、剣だけは、私の中に残った」
剣を振るのが楽しかった。
それに、剣を振り続けていれば、また彼に会えるのではないかと、心のどこかで考えていたのかもしれない。
「剣を振っていたら、いつの間にか騎士になっていた。ただ、それだけだ」
そして、嫁にいき遅れた、というのが、この話のオチで、騎士仲間には鉄板のネタだ。しかし、結婚してしまったのだから、もうこのオチは使えないな。
ちょっと話し過ぎたな、とイザベルが、ホリーを見やると、彼女はうつらうつらと船をこいでいた。
「夜も更けたな」
イザベルは、ホリーを抱えて、彼女の部屋へと運んだ。
「ふふ」
階段をのぼっていたところ、ホリーが
「それって、初恋じゃないの」
なんとも見当違いなことを呟いた。その願いは幼い少女のそれであり、おそらく夢の中で妖精とおしゃべりでもしているのだろう。
ふふ、とホリーはもう一度笑った。
「かわいいんだから」
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