第34話 ホリーの新日常 その3
「何これ?」
卓上に並べられた料理を見て、ホリーは、眉間に皺を寄せた。
「朝飯だ」
胸を張って、言い切るイザベルに、ホリーは懐疑の瞳を向けた。
料理、とよぶには、あまりに素材だ。
焼いただけの巨大な肉ブロック、千切って積まれたキャベツの山、卵をぐちゃぐちゃに焼いた黄黒い塊、スライスされていない一斤のパン、そのままのリンゴ。
……獣じゃないんだから。
ホリーがフォークを持って固まっていると、イザベルはドヤ顔を見せた。
「さぁ、食べよう」
「……いらない」
「何だ? 嫌いなものでもあったか?」
そういう問題ではない。
「私、朝はあんまり食べない」
「そうなのか? でも、いっぱい動いたからお腹が減ったろ?」
むしろ、朝から激しく動いたから、少し気分がわるいんだけど。
ホリーに言葉を投げかけつつ、イザベルはブロック肉をナイフで切り分け、がつりと食べる。その食べ方に品などあるわけがなく、なんとも野蛮であった。
「うん、うまいな。何の肉だろう」
何の肉かもわかっていないようであった。
ちらちらとイザベルが鬱陶しいので、ホリーは仕方なく、卵焼きをフォークで
まず、くはないけど。
味がない。本当にただ卵を溶いて、フライパンで焼いただけ。しかもちょっと焦げてるし。
「どうだ、おいしいか?」
「……卵の味がする」
「そうかそうか! 卵はうまいよな!」
いや、皮肉なんだけど。
皮肉がイザベルには通用しないことを理解して、ホリーはキャベツをぽりぽりと齧った。なんだか兎になった気分だ。
「ホリーは、いつも何をしているんだ?」
不満ながらも、ホリーがキャベツを齧り、肉をもちゃもちゃと食べていると、イザベルが今日の予定を聞いてきた。
「朝はお勉強、歴史とか経済とか語学とか。お昼からは、ダンスの練習か、戦いの練習。戦いの練習は、いつもパパにしてもらうけれど、しばらくいないから、ブレンダにしてもらうかんじ」
「何だ? 戦いの稽古なら、私がつけてやるぞ」
「えー」
「安心しろ。新米騎士の稽古をいつもつけているから、慣れたものだ」
それが心配なんだけれど。
「はぁ、じゃ、お願いするわ。ブレンダも私の相手は、もう辛いって言っていたし」
「あのメイドは強いのか?」
「えぇ、強いわよ。パパも昔はブレンダに剣を習っていたと言っていてたもの」
「ほう」
がぶりと肉を食いちぎるイザベルの目は、獲物をみつけた肉食獣のそれであった。まさか、ブレンダに試合を申し込む気だろうか。
そんなことしたら、ものすごく怒られそうだけど。
いや、でも、ブレンダとイザベルのどっちが強いのかに関しては興味がある。
ブレンダは、ホリーの相手が体力的にしんどいというだけで、決してホリーよりも弱いという意味ではないからだ。
ぼこぼこにしてくれないかしら。
内心でそんなことを思い描きながら、どうやったらイザベルとブレンダが試合をする流れになるのかと思考を巡らせた。
それにしても、やはり、肉が多すぎる。
ーーー
肉・・・魔境地域に遠征していた際に、イザベルは調理係をしていたことがあった。そのときの経験が役に立ったと、クリフォード宅で、イザベルは肉を焼いているときに考えていた。魔境地区にいたときは、現地の訳のわからない魔物の肉を焼いて食っていたので、何の肉か、と考えることはほとんどなかった。
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