第33話 ホリーの新日常 その2

 お互いを理解するには、やはり拳を交わすのが一番だ。


 そう思い、イザベルは、ホリーを朝の鍛錬に呼んだ。彼女は朝が苦手のようで、不満げではあったが、いざ、組手を始めてみれば、意気揚々と突っ込んできたのだから、作戦は半分成功である。


 それにしても、躊躇ちゅうちょなく正面から攻めてくるとは大した度胸だ。


 イザベルとホリーの体格差は歴然で、どうして臆してしまうだろう。体格差がなかったとしても、騎士団の新米などは、すくみあがってなかなか攻めてこないものだ。


 その点、ホリーは、肝が据わっている。


 小さな体躯たいくを地に這わせるようにして、すぐさまイザベルのふところに踏み込んできた。


 イザベルは、ホリーの小さな手が繰り出そうとしてきた掌底に合わせて、右足を少し引いた。


 だが、その直後、



「ん?」



 ホリーの姿が、スッと消えた。


 と思いきや、視界のすみかげが揺れる。



「やるな」



 死角から後頭部を狙った強烈な蹴りだ。ホリーの一撃目の掌底はフェイント。あの一瞬でイザベルをかわして、跳び上がり、力を蹴りへと集約させたわけだ。


 イザベルは素直に驚いていた。だが、驚いていたのは、ホリーも同じのようで、完全に死角をついた蹴りを、腕で防御されたことが信じられないという表情だ。



「ちっ!」



 舌打ちをしたホリーは、着地後、すぐさま姿勢を立て直し、再び向かってくる。


 今度は、小刻みに打撃を5発。いずれも、イザベルが合わせる。だが、5発目はフェイント。再び、ホリーの姿が視界から消える。



「なるほど」



 身体が小さいということを利用した戦術だ。その小さな身体を機敏きびんに動かすことで、相手の視界の外から強烈な一撃を与えて倒す。


 クリフォードから教わったのだろうか。それとも自分で考えたのだろうか。


 いずれにしても、理にかなっている。


 視界から消えたホリーを気配で追う。気配は先ほどと同じ動きをしているように思えた。


 が、それもフェイント。


 ホリーは、ちょうど真下から、あごに向けて拳撃を放ってきた。


 何て大胆な!


 さすがに防御が間に合わず、イザベルは身体を逸らして、ホリーのこぶしかわす。


 だが、ホリーの攻撃は終わらない。


 イザベルの態勢が崩れたとみるや、すぐさま追撃。空中の不安定な状態から、腰だけをひねって、蹴りを繰り出す。


 その蹴りは、イザベルが腕で合わせる。


 合わせられた腕を起点に、ホリーは身体を逸らして、頭を低い位置にまわし、反動でもう一本の足で、力いっぱいイザベルを打ち抜く。


 追撃は続く。


 ホリーは、手を地面につき、起点にして、もう一回転腰をひねり蹴りの連打を食らわせる。その後、両足を揃え、腕の力で思いっきり跳ね上がり、イザベルの顔面に向けて、蹴撃を食らわせた。



「な!?」


 が、それらの攻撃が、イザベルに通ることはなかった。


 すべてイザベルの腕で受け止められており、有効打とはなっていなかったのだ。


「なかなかいいじゃないか」



 驚愕きょうがくの表情を見せるホリーに対して、イザベルは、にこりと笑ってみせた。


「戦い方が柔軟で素晴らしい。体格差をくつがえすための工夫もよくできていた。急所への狙いもよかった。ただ、一撃がかるいな。まぁ、その体躯では仕方がないことだが、力のなさを補うために蹴り技にこだわり過ぎている。蹴り技は、強烈だが、いささか遅い。それでは、意表を突いても、防御が間に合ってしまう」



「いや、普通間に合わないわよ」


「確かに、その辺のひよっこ騎士だったら、最初の一撃で倒せていたかもな」


「そんなことできるのは、パパくらいだと思っていたのに……!」


「クリフォードならば、造作もないだろうな。ただ、この程度の攻撃を防ぐくらい、王下騎士団の者ならば、誰でもできる」


「むっかー!」



 おっと、言い過ぎてしまっただろうか。


 ホリーは、ぷくりと頬を膨らませて、敵意をむき出しにさせた。



「一応、パパのお嫁さんだから、怪我させちゃわるいかなと思っていたけど、そんなこと言うんなら、もう手加減してあげないからね!」


「ははは、気を遣う必要なんてないぞ。この程度の攻撃で怪我なんてしようがないからな」


「こんの! その髪全部引っこ抜いて、お嫁にいけなくしてやる!」


「いや、お嫁にはもう来ているんだが」


「うるさーい!」



 意外と口が汚いようだ。


 クリフォードは、もっときれいな言葉遣いをするけれど。もしかするとテッドの影響だろうか。だとしたら、もう会わせない方がいい気がする。次に会ったらちゃんと始末しておこう。


 その後、むきになったホリーの攻撃を、イザベルは笑いながらすべて躱した。


 朝日がずいぶんと高くなった頃に、



「にゃあ!」



 と叫んで、むちゃくちゃに飛びかかってきたホリーを、



「ぎゃ!」



 と鳴かせて、イザベルはひょいと抱きかかえた。



「いい汗かいたな! そろそろ飯にしよう」


「やめーろ! はーなーせ!」



 ホリーは暴れてみせるが、だいぶ疲れているようで力がない。



「動いた後は飯だな」


「いらない!」


「何だ? 力いっぱい動いて、腹いっぱいに食べる。そうしないと、私のように強くなれんぞ」


「なりたくねぇ!」

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