第57話 王宮にて

「殿下、イザベル団長の結婚式の招待状が届いておりますが、いかがしますか?」


 

 自室で、朝の支度をしている最中、デビッド王子は、侍従からの報告を受けていた。



「ん? そうか」


「招待状など不敬であると突っ返しましょうか?」


「構わん。俺が送れと言ったのだ。日取りはいつになったと書かれている?」



 侍従は不満そうであるが、招待状の中を開き、内容を確認し、結婚式の日付を述べた。



「ずいぶんと急だな。その日の俺の予定は?」


「午前中には安全保障の定例会があります。午後は、国立美術館の改装記念式典への参列、夜は陛下との夕食会がございます」


「安全保障の定例会は、イザベルがいないのだから中止だろう。まったく、会議があるのだからずらせばいいものを。どうせ、マックの嫁が強引に決めたのだろうが」


「お言葉ですが、アルバート副団長が出席していれば、会議は成り立つと思いますが」


「無理を言ってやるな。あれもマックである以上、式に参加するのだろう。堅物ではあるが、義姉あねに逆らえん」


「はぁ、なんともなさけない話ですね。騎士団のトップの二人が一人の女に振り回されるとは」


「世の中とは、そんなものだろ。それに、二人とも仕事はよくやってくれている」



 デビッド王子は苦笑しつつ、鏡で自らの髪型を確認していた。



「午後の式典には、代理を送れば十分だろう。だいたい美術館の式典には、この前行ったばかりだぞ」


「前回の式典は、王立美術館の10周年記念です」


「はぁ、どうして国立と王立があるんだ。どちらも、出資元はほぼ同じだというのに。予算審議会で、なぜ誰もこのことを責めないのか不思議なくらいだ」


「その無駄で生活している人が多くいるということです」


「一方で飢えている民もいる。不条理極まれりだな。まぁ、ここで文句を垂れてもせんなき事だが。とにかく、時間は作れそうだな。あいつらの結婚式には出席する方向で調整してくれ」


「下級貴族の女の結婚式に、わざわざ殿下が出向く必要などないと思いますが」


「下級だろうが上級だろうが、貴族だろうが平民だろうが、俺は祝いたいことを祝う。それだけだ」


「また、そんな我儘わがままを」


「王子たる者、我儘の一つも言えずに何とする」



 悪戯いたずらっぽく笑うデビッド王子を見て、侍従は、やれやれと頭を抱えていた。



「今日は午後から会合で、午前中は空いていただろう。久しぶりに乗馬がしたい。リーンの丘へ向かうので準備をさせておけ」


「殿下、残念ながら、それは叶いません。先ほど、アンネ王女殿下から、緊急の招集がかかりました」


「アンネ姉様から?」



 デビッド王子は、思わず嫌そうな声を出した。彼女は、女にしては珍しく、いや、今時はさほど珍しくもないのだが、働くタイプの女であり、王族の中でも優秀な部類と言われている。一方で、その優秀さとバランスを取るかのように、ときおり妙なことを言い出すことは有名な話であった。


 そして、今回の突然のアンネ王女からの招集に、デビッド王子は、その気配を悟ったのである。



「案件は聞いているのか?」


「えぇ、ちょうど、この件についてでございます」



 そう言って、侍従は、イザベルの結婚式への招待状をかかげた。



「アンネ姉様から来たか」



 デビッド王子は、頭をかいた。実のところ、誰かが議題にするのではないかと予想はしていた。


 イザベルは、王下騎士団の団長であり、その戦力は一騎当千といわれる。彼女が寿退団することになれば、戦力の低下は否めない。ゆえに、結婚を問題視するのではないかと。


 第一王子あたりが、言い出すと思っていたのだが、アンネ王女となれば、話がこんがらがりそうだ。


 まったく、とデビッド王子は、呆れたように息を吐く。


 ただ結婚するだけでこんな大騒ぎとは、聖騎士パラディン様も大変だ。



「先生も面倒な女に惚れたものだな」




―――



国立美術館・・・100年以上前に建造された歴史ある美術館。戦争の際に得られた戦利品を飾っておく施設だったが、今では、絵画や芸術品が展示されている。ただ、いつの世も芸術品を、若者が解することは難しく、学生時代にイザベルが友人と訪れた際には、睡魔と戦うことに必死だったという。ちなみに、これがイザベルの初デートなのだが、それは、本編には関係ない。

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