第90話 囚われのイザベル その2 ~大堂~

「なぁ、何か、ごつくないか?」



 オズと仲間内から呼ばれていた主犯格とおぼしき男が、イザベルの方を見て、眉間みけんしわを寄せた。



「貴族の女だぞ。こんな筋肉隆々きんにくりゅうりゅうなことあるか?」


「俺もそう思ったんだが、このドレスがマッキントッシュ家から発注されているし、一緒にいたのはマッキントッシュ家のメイドに間違いない」


「それはそうだが」


「何よりこいつは龍結晶を持っているんだ。キャサリン・マッキントッシュに間違いないだろ」


「うーん」



 渋々ながら納得したようで、オズはきびすを返し、他の仲間の元へ向かった。


 テロリスト。


 使徒などと名乗っているが、彼らの行為はテロリズム以外の何ものでもない。武装した彼らは、聖堂の職員をあっという間に制圧してしまった。


 ちょうど式場である大堂の中央に職員は集められ、両手両足をしばられている。


 警備はいったい何をやっていたのだと、イザベルは憤慨ふんがいしていたわけだが、騒ぐのもよくないかと思い、胸の内に収めた。


 そのイザベルも両手両足を縛られて、職員たちと同じように座らされている。


 こんな縄など簡単に切ることができるが、他の人質のことを考えると暴れるわけにはいかない。


 今は、様子を見るべきかとおとなしくしていたわけだが、一つ、おかしな事が起きていた。


 先ほどの彼らの会話からさっせられるように、使徒たちは、イザベルのことをキャサリンと間違えているのである。


 そんなことある?


 イザベルは、もはや唖然あぜんとしていた。この使徒たちは命懸けで、王下騎士団団長の結婚式を占拠せんきょし、その上で、人質を間違えたのだ。


 何か、前にもこんなことあったけどさ。


 ていうか、こいつら、誰もキャサリンの顔見たことないのか?


 普通、誘拐する相手のことを調べないか?


 調べもせずによくこんな大胆なことをするな。狂信者がゆえか、それとも、単なるバカか。


 たぶん、両方なんだろうな。


 イザベルが呆れていると、隣にマッキントッシュ家のメイド、セシルがこそこそと寄ってきた。



「イザベル様、お怪我などはありませんか?」


「あぁ、大丈夫だ」


「そうですか。まぁ、正直、あまり心配しておりませんでしたので、形式的に聞いただけですが」


「おい」


「それで、いかがですか?」


「何がだ?」


「こうしておとなしくしているのは、敵の数と力量を把握はあくするためでしょう。血の気の多いあなた様ですから無暗むやみに暴れまわないかと心配していたのですが、賢明な判断と感心しております」


「一応、私は王下騎士団の団長だぞ?」


「えぇ、失念しておりました」



 うん、こいつ、あんまり好きくない。



「で、いかがですか。私の見立てでは、敵の数は、視認できるだけで11人。武装はおおよそたいしたことありませんが、二人、完全装備をした者がおります。いくらイザベル様といえでも制圧は困難と思われますが」


おおむね同じ見解だ。まぁ、勝てないわけではないが、人質を守りながらの戦いでは、さすがの私でも難しい」


「……勝てないわけじゃない? 完全武装者が2人いるんですよ?」


「完全武装者なら、ちょうどこの間、非武装の状態で5人倒したところだ」


「そうでしたね。そういえば、あなたは人間をやめていたんでしたね。あ、ちなみにこれは奥様が言っていたのであって、私の感想ではございません」



 予防線を張るのだったら言わなきゃいいのに。



「なんにしろ、今は動かない方が無難のようです。外の動きに期待しましょう」


「あぁ、だが、隙があれば動く。おまえも気を張っておけ」


うけたまわりました。ただ、一つご理解いただきたいのですが、私はあなたの部下の騎士ではなく、マッキントッシュ家のメイドです。ですから、いざとなれば、あなたを、いえ、もっといえば、龍結晶を優先的に守らせていただきますので、ご了承ください」


「かまわん。好きにしろ」



 堂々と言ってのけるあたりが、マッキントッシュ家のメイドらしい。



「それにしても、こいつらの目的は何なんだ? 私の結婚式に押し入ってきて、キャシーを誘拐するのが目的だなんてなぞ過ぎる。しかも、間違えているし」


「目的はわかりませんが、奥様をイザベル様と間違えたことに関しては、そこまで不思議ではありません。奥様は、基本的に公の場に出ませんので、庶民が顔を見るのは不可能でしょう。とすれば、公開情報で判断せざるをえませんが、最も奥様と断定しやすい目印としては」



 メイドは、イザベルの胸元に視線を流した。



「龍結晶か」


「本来であれば、奥様以外が持っていることはあり得ませんので」



 間の悪い話だ。

 

 

「だとすれば、この場所を選んだのは、何かしら地の利があったからだろう。実際に、こうして占拠されている」


「その点は、見事とと言わざるを得ないですね」


「タイミングもいい。警備が最も少なくなるタイミングだ。本来であれば、ここにキャサリンがいたことだろう。いや」


「タイミングが良過ぎますね」


「あぁ。だとすれば、内通者がいる可能性がある」


「十中八九いるでしょうね。聖堂の職員か、マッキントッシュ家の者か」


躊躇ためらわずに身内を疑うんだな」


「可能性の話です。ただ、一つわからないことは、仮に内通者がいたとすれば、その者は奥様の顔を見ているはずです。このような状況にはならないのでは?」


「内通者といっても程度があるだろう。たとえば、情報を売っただけで、協力はしていないとかな。問題は内通者の事情ではなく、人質の中に内通者がいるかもしれないということだ」


「より動きづらい状況ということですか」


「どちらにしろ仮定の話だ。頭のすみとどめて、あくまで現実に合わせて動け。そうでないと、判断を誤るぞ」


「承りました」



 セシルとの状況確認作業を終えて、イザベルは、周囲を確認しつつ、おとなしくつとめた。


 セシルにも述べたが、敵の強さは大したことなさそうだ。身のこなしから見ても、イザベル一人で制圧できてしまえるレベル。


 しかし、人質に危害を加えさせるわけにはいかない。ここは様子見が最善。


 それに、とイザベルはドレスをキュッとつかみ、小さく息を吐く。


 今は、あまり戦いたくないしな。


 そんな、自分でも珍しい気持ちを抱いていると、隣で、セシルが、ふふ、と耐え切れずといったように小さく笑った。



「それにしても、奥様とイザベル様を間違えるなんて、おもしろ過ぎますよね。笑いが止まりません」

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