第89話 クリフォードと来訪者 その3 ~聖堂前~

「何よ、その顔。むかつく」



 ベネディクトの方へと向かうラトゥールの背中を見送っていたところ、クリフォードは、すみの方でなかば隠れるようにしてワインを飲んでいるある女性をみつけた。


 キャサリン・マッキントッシュである。


 結婚式の前から、イザベルがずっと気にしていた彼女は、クリフォードが近寄っていくと、不機嫌そうに顔をあげた。



「いえ、いらっしゃったんだなぁと思いまして」


「何? その言い方? 来ちゃいけなかったわけ? もう帰ろうかしら」


「そんなこと言ってないじゃないですか。来てくれてうれしいんですよ。僕もイザベルさんも」


「ふん。どうかしらね。あの子は、私に来てほしくないみたいだけど」


「喧嘩したんですってね」


「ベルがわるいの!」



 キャサリンは、子供のようにほおふくらませてそっぽをむいた。



「私は、ベルのためを思って、お見合いも手配してあげたし、式場だって押さえてあげたし、ドレスだって仕立ててあげたのよ。それなのに、文句ばっかり言って。挙句あげくの果てには、おせっかいですって! もう! むかつく!」



 舌のまわったキャサリンは止まることなく不満を漏らした。



「そりゃね、私も少し強引だったわよ。あの子が、質素な結婚式をしたいって言ったけど、ド派手な結婚式にしちゃったし、白いドレスにしたいって言っていたけど、青いドレスにしちゃったし、自分のお金でやりたいって言っていたけど、ほとんど支援しちゃったし」



 なるほど。何も要望を聞かなかったわけね。



「でも、いいじゃないの。タダで綺麗なドレス着て、派手な結婚式できるんだから! どうして私が文句言われないといけないの!」



 話を聞く限り、多少は文句を言われても仕方のないようなことをしている気がするけれど、キャサリンの主張は、まぁ、正当な怒りと思える。



「キャサリン様のお怒りも最もです。イザベルも反省していましたよ」


「ふ、ふーん。まぁ、謝ってくれるんだったら、私も水に流してあげなくもないけれど。まぁ、あの子の要望を全部無視した私も少しはわるいんだし」


「それを聞いて、ホッとしましたよ。イザベルも、あなたと喧嘩してから、ずっと元気がなくて困っていたんです」


「そ、そうなの? へぇ。まぁ、私達ってスクール時代からのくさえんだし、この関係を失っちゃうのはもったいないっていうか、惜しいっていうか。私も、気にしてないわけではないし、とはいっても、やけ酒するほどではないけど」



 したんだなぁ。


 関係の修復のきざしが見えたところで、クリフォードは、胸を撫でおろしていた。イザベルに元気がないというのは、少し大げさに言ったのだが、挙動がおかしいのは本当である。


 できれば、結婚式前に解決しておきたいと思っていたが、なんとかなりそうでよかった。



「私はね、ベルと対等でいたいのよ」



 安心したクリフォードの前で、キャサリンは一口ワインを飲み、そしてこぼすように話した。



「あの子は、私が持っていないモノを全部持っているんだもの。強さも、人望も、王家騎士団の団長っていう社会的な立場も。女の子なのによ。私が、手に入るはずないって諦めたものを全部当たり前みたいな顔して持っているの」


「正直、意外です。キャサリン様は、そういったものに興味がないと思っていましたから」


「あら、いけない? 女の子だって英雄にあこがれることだってあるわ。未開の地に足を踏み入れて、自分の力で道を切り開くような冒険活劇に胸を躍らすのは、何も男の子だけの特権じゃないのよ」


「なるほど」


「ときどきうらやましく思うわ。女としての生き方を放棄ほうきしたようなベルの生き方がね。まぁ、それでも後悔はしていないのよ。私は私で生きたいように生きたし。ただ」



 キャサリンは、ワインを水面の波を眺めながら、ため息をついた。



「怖いの。あの子に見限みかぎられるのが。あの子から見たら、私なんて凡庸ぼんような人間だから、いつか私のことに興味を失って、もう話もしてくれなくなるんじゃないかって」



 だから、とキャサリンは続ける。



「ベルが、今回、私を頼ってくれたことは、本当にうれしかった。それも、結婚ていう私がこれまでやってきたことだったし、なんだか、私のしてきたことをベルに認めてもらったみたいな気がして。まぁ、ベルはそんなこと考えていなかっただろうけれど。だから、私はできるかぎりのことをしてあげようと思ったの」



 まだ酔うほどの量は飲んでいないはずだが、キャサリンはいつになく弱音を吐き、そしてぐすりと鼻をすすった。



「迷惑だったのかな」



 クリフォードは、すぐさま否定の言葉を口にしようとして、いや、と留まる。



「さぁ、私にはわかりかねます」



 代わりに、キャサリンの手元からワイングラスを取り上げた。



「そんなに気になるのでしたら、本人に直接尋ねてみるのが一番ですよ」


「……、あなたって、本当に底意地がわるいわよね。少しはなぐさめなさいよ」


「キャサリン様を? ははは、私には荷が重すぎますよ」



 釈然としない顔を浮かべつつも、キャサリンは、姿勢を正し、髪を手で軽く整えた。



「仕方ない。私の方から出向いてやるか」


「お手数をおかけします」


「もう、本当にめんどくさい女なんだから。意地っ張りで頑固者で、困ったものだわ」



 お互い様だと、クリフォードは心底思ったのだが、それは口が裂けてもいえないなと、ごくりと呑み込んで、なんとか苦笑にとどめておいた。



「で、ベルはどこにいるの?」


「まだ、着付けをしているん――



 ドン!



 クリフォードが言いかけたところで、不穏な破裂音が聖堂の方から聞こえてきた。


 何事かと辺りは、騒然とした。クリフォードも慌てはしないが、周囲を見回して、状況把握に努めていた。


 そのとき、拡声器で増幅された声が、聖堂前にこだました。



「背信者、キャサリン・マッキントッシュを拘束した。無事に返してほしければ、我々、使徒の要求に従え」



 緊迫した空気が漂う、そんな中で、クリフォードとキャサリンは顔を見合わせて、二人して首を傾げた。



 今、何て?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る