第87話 クリフォードと来訪者 その1 ~聖堂前~

 ――少し前のこと――


「主役がこんなところにいてよろしいのですか? 旦那様」



 いつものメイド姿ではなく、礼装をしたブレンダは、いつにも増して貫禄かんろくがあり、クリフォードは、思わず背筋を伸ばした。



「私の準備は終えましたからね。参加していただいた方に挨拶あいさつをしてまわっているんです」



 クリフォードは、きつくめられた首元くびもとを直しながら、力なく笑った。実際のところ、参加者のほとんどはイザベルの知人で、非常に肩のる仕事であった。



「ところでホリーがどこに行ったか知りませんか?」


「お嬢様でしたら、先ほどキャサリン様のご子息しそく達と遊んでおられましたが」


「ほう、また、トーマスと」



 あの男、やはりホリーに気があるのか? いくらキャサリンの子供といえど、ホリーに手を出したら……。



「はぁ、旦那様。お嬢様のことになると冷静さを失うのは悪いくせです。顔が怖いですよ」


「ん? ははは、気のせいですよ。ちょっとホリーの心配をしただけじゃないですか」



 しれっとした顔で、クリフォードがこたえたところで、後ろから知った声がかかった。



「よう、クリフ。来てやったぜ」


「あ、テッドさん、ありがとうございます」



 にへら、と笑みを浮かべて、テッドがたらたらと歩いてきた。礼服を着ているが、だらしなく着崩きくずしており、彼らしいといえば彼らしい。



「ははは、これで本当に結婚だな。もう逃げられないぞ。覚悟はいいか?」


「普通に祝福してくれませんかね」


「わるいが心にもないことは言えないんでね。ところでヘヴィコングはどこだい?」


「イザベルさんならドレスの着付け中ですよ」


「俺はベルのことだとは言ってないぜ」


「……」



 これは、テッドに後で強請ゆすられる可能性があるな。早めにいい酒を送って口止めしておこう。



「だが、ベルがいないんじゃ、つまんねぇな。せっかく、おもしろい祝いのしなを持ってきたのに」


「祝いの品って、やっぱりあれはテッドさんの持ち込みでしたか」


「ふふふ、できれば隠しておいて、驚かせたかったんだが、ちょっと大きすぎたな。まぁ、いい。とりあえずクリフにだけ見せてやるよ」


「見せてやるも何も、もう見えてますけど」



 アキリズ聖堂の前広場まえひろば、その中央に堂々と置かれている物体。この結婚式の主役を文字通りほどの存在感をゆうするは、どでかい口を大きく開けて、地面にして息絶いきたえている。


 翼竜ワイバーン


 第三深域に生息する巨大生物。龍と名がついているが、実際には、龍ほどの魔力はない、が、皮も牙も爪も価値が高く、亜龍と呼ばれている。その肉は美味びみであり、美食家の間でも大人気である。



「うれしいんですけど、これをるためだけに第三深域まで行ったんですか?」


「あぁ、死ぬかと思ったぜ」


「無駄に命をけないでください」


「何だ? 心配してくれんのか?」


「いえ、あなたはどうでもいいんですけど、振り回される隊員のことを思うと涙が出てきます」


「ははは、確かに帰り道では、隊員に殺されそうになったよ。あれが、いちばん命の危険を感じたな」


「ほんと、よくまだ生きてますよね。世の七不思議の一つですよ」


「当たり前だろ。俺を誰だと思っているんだよ」



 誰だろう。ただの死にたがりにしか思えないんだけど。



「で、まだ始まらねぇのか?」


「すいませんが、もうしばらく待ってください」


「はぁ、ただ待つのも飽きたんだよな。ちょっとぶらぶらしているよ。そういえば裏にオーディン像があったな。なぁ、知っているか、クリフ。あのオーディン像には仕掛けがあってだな」


「いや、知りませんし、興味ありません。それより、裏の方に行くのでしたら、ホリーを探してくれませんか。ホリーも裏の方に遊びに行ってしまったようなので」


「おまえ、人の話をぶっちぎっておいて、よくそんな頼み事ができるな」


「まぁまぁ、いいじゃないですか。ついでですよ。ついで」


「そういうところあるよな、おまえ。うん、まぁ、いいけどさ」



 釈然しゃくぜんとしない様子のテッドであったが、すぐにいつもの腑抜ふぬけた雰囲気に戻って、聖堂の裏の方に向かった。


 さて、面倒な奴が去ったとクリフォードは一心地ついたのだけれども、それもつかの間、背後から声がかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る