三十路の女騎士と初夜とヒュドラ

第21話 同棲開始

 なんやかんやで結婚してしまった。


 マジで?


 イザベルは、あまりの現実感のなさに、なかば呆然としていた。


 今思い返しても、流れのままに強引に押し切られてしまったとしか思えない。


 いや、結婚しようとは思っていたけど、しかし、こんなトントン拍子に話が進んでしまうなんて。



「キャシーに相談したのが失敗だったか」



 などと根本的な問題に向き直り、うーんと悩んでいるイザベルは、今、つい先日できたばかりの旦那、クリフォードの屋敷の玄関に立ち尽くしていた。



「どうしたんですか? そんなところに立っていないで、早く中へ」


「あ、あぁ」



 クリフォードにうながされて、イザベルは、奥へ歩みを進める。


 大きくない、いや、むしろ小さい屋敷だ。もちろんキャサリン宅と比べれば、どの屋敷も小さいのだけれど、イザベルの実家に比べても一回り小さい。


 養子とはいえ、スウィフト家の一員だ。いったいどんな屋敷に住んでいるのだろうと、気になっていたのだが。



「ぼろ屋敷で驚きましたか?」


「い、いや、そんなことは」


「いいんですよ。本当のことですし。スウィフト家といっても、僕はただの養子ですからね。お金もさほどありません」



 申し訳なさそうに、クリフォードは頭をかいた。



「がっかりされましたか?」


「いや、そんなことはない」



 イザベルは、きっぱりと否定した。



「もともと私は寝床ねどこには無頓着な方だ。雨露あめつゆさえしのげれば、どこでもかまわん」


「ははは、さすが団長。騎士の鏡ですね」



 そう言って、クリフォードは、屋敷の中を案内してくれた。広間と応接室、それから部屋がいくつか。



「ここが、あなたの部屋です。荷物はそれだけですか?」


「いや、後から運んでくる。今日の午後には届くと思うのだが」


「では、運び入れるとき言ってください。手伝います」


「ん?」



 手伝う?



「そんなことは従者にやらせれば?」


「あぁ、うちにはメイドが1人しかいないんです。それもロートルでして、あまり力仕事をやらせるわけには」


「年寄りで申し訳ございませんね」



 しゃがれた声が、後ろから聞こえてきて、イザベルは、びくりと跳ねそうになった。


 振り返ると、そこには背筋のぴんと伸びたメイド服の老婆が立っていた。



「まぁ、確かに昔に比べて衰えましたが、仕事をおろそかにしたことはありませんし、家具の一つや二つ問題ありません。むしろ、ろくに鍛錬もしていない旦那様よりも、力があると思いますが」


「勘弁してくださいよ、ブレンダさん」



 ふんと鼻を鳴らす老メイド、ブレンダに対して、クリフォードは力なく笑った。


 それから、クリフォードから、この家のメイドだと紹介されたが、そんなことはどうでもよく、イザベルはごくりと唾を呑んだ。


 このメイド、相当できる!


 背後に回り込まれるまで、まったく気配を感じなかった。さすがは、スウィフト家のメイドか。



「ふふふ、おもしろくなってきた」


「あの、イザベルさん、顔が怖いんですが」



 おっと、顔に出してしまったようだ。しかし、強者を見るとどうしても心がおどってしまう。


 機会があれば、手合わせを頼んでみよう。


 それから、部屋の説明を終え、クリフォードに続いて、広間の方に戻ってきた。

 


「あぁ、あとは娘の紹介をしたいんだけど、ホリー、ホリー、どこにいったんだい? 出てきなさい」



 クリフォードはきょろきょろと、まるで猫でも呼ぶかのように娘を探した。


 すると、ドアの方にひょこりと青い瞳が現れた。父と違って淡い金髪、二つ結びの片割れが尻尾しっぽのように揺れている。



「ホリー。そんなところに隠れてないで出てきなさい。昨日、話したイザベルさんだよ。これから、この屋敷で一緒に住むんだ」


「……」


「さぁ、こっちに来なさい。パパに、君のことを紹介させておくれ」


「……いや」



 ぷいっと顔を背けて、ホリーはそのまま奥に走っていってしまった。クリフォードは、娘の様子を見て、頭をかいた。



「すいませんね。いつもはうるさいくらいおしゃべりなんですが、意外と人見知りでして」


「……いや、いい。あの年頃の娘ならば、そういうものだろう」



 内心傷ついていたイザベルだったが、なるべく平静を保って、しれっと応えておいた。


 屋敷と家族の説明を一旦終えたところで、イザベルとクリフォードは、広間で一息つくことにした。


 わるくない。

 イザベルは、自分のことは自分でするので、メイドがたくさんいるのは、あまり好きではない。そういう意味では、この屋敷は静かでちょうどよかった。


 それに立地もいい。

 セントラルの南方の外れ。いささか辺鄙へんぴな場所だが、サウスパークにも馬車を使えば半日程度でいくことができる。


 何より、ブレンダが紅茶を淹れてくれたのだけれども、その紅茶は驚くほどおいしかった。どこの茶葉かと尋ねようかと思ったが、すぐに下がってしまい、機会をいっしてしまった。



「何か必要なものがあったら言ってください。あんまりお金はありませんけどね。あ、それから、ブレンダさんは平日はいますが、休日はいません。だから、休日の食事は僕が用意します」



 メイドが休日に休むのか、とイザベルは不思議に思ったが、黙って聞いておく。



「さて、だいたい説明し終えましたが、何かわからないことはありますか?」



 ふむ、とイザベルは考え込む。おおよそのことは理解した。この屋敷で暮らすことも問題ないだろう。ホリーとの関係は後に築くとして、だ。



「一つ、聞きたいことがある」


「何でしょう?」


「私は嫁として何をすればいいのだろうか?」



ーーー



メイド・・・家事を担う使用人。掃除、洗濯、料理のエキスパート。貴族ならば、数人のメイドを抱えている。ゆえに、貴族は家事などできない。聖マリア中央学園では、寮制度をとっており、その際の家事は生徒が行うので、かの学園の卒業生だけは、例外的に家事ができる。だからといって、卒業してからは、やはりメイドが家事をするので、あまり意味がないのではないかと批判も多い。

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