第26話 初夜(仮) その1

「さぁ、子作りをしよう」



 これはいったいどういうことだ?


 イザベルの溌剌はつらつとした言葉を聞いて、クリフォードは、脳内にあふれかえる無数のハテナに溺れそうであった。


 サウスパークから、イザベルが帰ってきた日の夜のことである。昨日の今日で帰ってきて、明日にはまた家を出るという。


 今、ちまたで噂になっているヒュドラの征伐らしい。さすがは団長といったところか。お忙しいかぎりだ。家に帰ってきたのは、武具一式を取りに来たのだとか。


 クリフォードは、というと、テッドの話で少し頭を悩ませていた。あの悪名高きマイルズといえども、おおっぴらに手を出してこないだろうが、いや、しかし。


 そんなことを、ぐるぐると考えながら、夕食を済ませ、シャワーを浴びて、自室へと戻ったところだ。


 扉を開けて、クリフォードは足を止める。


 そこに人がいたのだ。思わず、クリフォードは構えそうになるが、見れば知った顔である。


 イザベルだ。


 そうと気づいて、クリフォードは、構えを解いた。部屋にまで入ってきたのは初めてであるが、どうせまた試合の申し込みであろう。


 明日から、ヒュドラ討伐だというのに、疲れを知らないのだろうか。


 さすがに、適当に理由をつけて断ろうと、クリフォードが口を開きかけたときだった。



「さぁ、子作りをしよう」


「はい?」



 クリフォードは、理解が及ばず気の抜けた声を返した。


 急に何を言い出すんだ?


 闘い過ぎて、頭がおかしくなったのだろうか。それとも何か悪質な洗脳にでもかかっているのだろうか。


 あるとすれば後者で、マッキントッシュ家の奥方の顔が、ふと浮かぶのだけれども。



「イザベルさん? どういう意味でしょうか?」


「そのままの意味だぞ。



 聞き間違いではなかったようだ。


 確かに、イザベルは武装をしておらず、軽装であった。案外かわいらしい桃色のワンピースを着ており、ベッドの上にちょこんと座っている。



「どうして?」


「どうしても何も、私達は夫婦なんだから、子作りをするのは当然だろ」



 いや、その考えは間違っていないのだけれども。



「イザベルさんの言うことはわかりますが、今日はやめませんか? まだ会って間もないですし、明日には、イザベルさんはヒュドラ退治に向かうのでしょう。せめて無事に帰ってきてからにしませんか?」


「バカ者! 私は戦に行くのだぞ。ヒュドラごときに負けることなどないが、もしものこともある」


「まぁ、そうですね。そんなことがないことを願いますけど」


「万が一、帰ってこなかったことを考えて、夫婦というものはだという。私達もそれに倣うのだ」



 いや、それは、男が戦に行く場合で、女の方が戦に行くのであれば、戦前に子作りしようが関係ないと思うのだけれど。



「言わんとすることはわかりますが、やはりやめましょう。子作りは案外体力を使います。中には体調を崩される女性もいます。万全の体調でヒュドラと戦って、しっかりと帰ってきてもらって、それから考えましょう」


「心配するな。確かに子作りの際に女は痛みを伴うと聞く。しかし、その辺の女が耐えられる程度の痛みに、私が耐えられないわけがない。仮に傷を負っても、ヒュドラ退治に何の支障もない」



 だったら、なおさら帰ってきてからにしようよ。もう既にさっきと言っていること違うじゃん。



「どうして急に?」


「いや、実は今日キャサリンに相談したんだがな」



 やっぱりあいつか。



「やはり嫁の役目は子作りだと言われた。私も理解はしていたんだが、ちょっと勇気が出なくてな。実のところ、おまえから初夜に誘われなかったとき、ほっとしていたんだ。だが、嫁の務めを放棄したに等しいと後から後悔した」



 まじめだな。

 団長だもんな。


 

「そういうわけだ。さぁ、子作りをしよう!」



 何で、そんな快活に言うのかな。


 イザベルは、試合を挑んでくるときのように、ギラギラとさせた瞳をクリフォードの方に向けてきた。


 そこに恥じらいの仕草は、まったくない。あまりに堂々とした態度で、そんなに身体に自信があるのだろうか、こちらの方が恥ずかしくなってしまう。


 まぁ、クリフォードも男である。ここまで女性から求められて拒むわけにもいかない。

 

 正直、ムードもへったくれもなくて、その気になれるかわからないが、努力しようと、クリフォードは心を決めた。


 クリフォードが同意したのを確認すると、イザベルは、よしと頷いた。



「本当にいいんですね?」


「あぁ、問題ない。私は、そんじょそこらの女とは鍛え方が違う。少しくらい



 ……うん、意外とマゾなのかな?



「さぁ、思う存分、!」


「……はい?」



ーーー



おまえの聖剣・・・言葉通り、相手の持っている聖剣という意。聖剣の定義は曖昧だが、名立たる魔物を葬った剣がそう呼ばれることが多い。一方で、『おまえ』がさす者が男である場合、聖剣は男性器を表す隠喩となることがある。ただ、この表現はかなり下品なもの言いであり、発言者は品性を疑われても仕方がない。

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