第25話 旧友との雑談 その2

「ところで、今更こんなことを言うのもなんですが、僕達は結婚してもよかったのでしょうか?」


「何だ? 後悔しているのか?」



 テッドの返しに、クリフォードは首を振る。



「後悔はしていませんが、彼女の姓、オルブライト家は、マッキントッシュ派でしょう。スウィフト家の僕と結婚してよかったのかと思いまして」


「あぁ、そのことか」


「スウィフト家とマッキントッシュ家の接近を、キングストン家が見過ごすとは思えませんが」



 キャサリンが、せかせかと進めてしまうので、特に手続きなく結婚してしまったが、いや、もちろん、正式にはこの後手続きが必要なのだけれど、本当によかったのかと、クリフォードは不安であった。


 しかし、テッドは、つまらなそうに返答する。



「いや、それはおまえの勘違いだ」


「勘違い?」


「オルブライト家は、キングストン派だ。だから、問題ない」


「!?」



 クリフォードが素で驚く、一方で、テッドはぽりぽりと頬をかいた。



「あそこは、ちょっと特殊でな。サウスパークに屋敷があって、もともとはマッキントッシュ派だった。だが、先代の当主がすぐに死んじまった。だから、その妹夫婦が家を継いだんだが、夫の方、イザベルの父である今の当主は、キングストン派だった。それで、あそこは今はキングストン派なんだよ」


「……そうだったのか」


「今の副団長がマッキントッシュ家のアルバートなのも、団長がキングストン家であるのに対してバランスをとったからだ。それに、実際、イザベルは剣の騎士団に所属していた時期があると言っていたしな」



 全然知らなかった。


 クリフォードは、確かに政治にうとい。どこの家が、どこの派閥かということは、ざっくりとしか知らない。オルブライト家も、キャサリンから紹介されたのだから、当然、マッキントッシュ派だと思っていた。



「スウィフト家のおまえと、キングストン派のベルを、マッキントッシュ家の姉さんが仲介することで、バランスがとれてるってことだ。まったく、あの女は、男顔負けの政治感覚だよ」



 キャサリンの政治感覚が優れていることは認めるが、今回の件は、絶対に偶然だと思う。


 ただ。



「キングストン派ですか」


「やはり嫌か?」


「いい気は、しませんね」


「だろうな。まぁ、俺も、おまえのキングストン家の因縁を知らないわけじゃない。敬遠するのもわかる」


「せめて、事前に言っておいてほしかったですね」


「まぁ、事前に言わなかったのはわるかったよ。ただ、先入観なく会ってほしいと姉さんが言うからさ」



 まぁ、キャサリンが知らないということはないだろう。



「姉さんとイザベルは、学園時代の友人関係らしい。まぁ、家柄を無視して知り合えるのは、あそこくらいだからな」



 王下騎士団や魔境騎士団も、その例外といえるが、さすがに学園よりも、政治の色が見えてくる。



「はぁ。嵌められた気がしてなりませんが」


「ははは、俺としては、家柄の方はオマケで、あのキングコング女本体の方で嵌める気だったんだけがな」


「どっちにしろ、悪意ですか」


「悪戯心と言ってほしいな」



 にやにやと笑うテッドを見て、クリフォードはため息をつく。テッドも、キャサリンもそうだが、彼らは、遊びのためだったら、家柄も政治もモンスターも気にしない傾向がある。


 結果的には、彼らの遊びに付き合う他ないのだから、抗うだけ無駄というものだ。



「安心してください。破談にしようなんて思っていません。そもそも家柄ではなく、彼女自身に興味を持ったのですしね」


「お、いきなりのろけ話か?」


「本心です。それに、もう昔の話ですしね。キングストン家とも手打ちしています」



 クリフォードは、左腕に装着された義手を摩った。



「そうか、そうか。よかったぜ。冗談で用意した縁談とはいえ、せっかく成立したんだ。魔境騎士団の先輩として、幸せになってほしいからな」


「心にもないことを」



 ははは、とおかしそうに笑って、テッドは立ち上がった。



「じゃ、帰るわ」


「あんた、本当に何しに来たんですか?」


「だから、遊びにきたんだって」



 テッドは玄関で靴紐を結んで、二度、床で靴を鳴らした。そして、扉を開けてから、



「そういえば」



 と振り返った。


 

「おまえらの結婚の話は、一応筋は通っていると言ったが、そう思わない奴らもいる」


「そうですか。キャサリン様が仕切っている手前、マッキントッシュ家が騒ぐことはないでしょう。スウィフト家は、私の結婚などに興味がないでしょうから、キングストン家ですかね?」


「ご明察。キングストン家のドラ息子が、いちゃもんをつけてきたらしい。スウィフト家にとつぐのならば、イザベルに団長を辞めろとな」


「オルブライト家は、キングストン派閥では?」


「だからだよ。嫉妬してんだろ。王下騎士団の団長は、王が直接決めるからな」


「一応聞きますが、息子というのはマイルズですか?」



 マイルズ・キングストン。キングストン家の三男で、王下騎士団の3番隊隊長。出世に対して、異様に執心しており、出世のためなら何でもする男だ。


 

「団長を続けるならば、結婚を認めないとかわけのわからんことを言ってきやがった。姉さんがいる手前、そんな道理は通らなかったがな。しかし、あのドラ息子は、ずいぶんと団長の座にご執心のようだ」


「あいかわらず頭のわるい男ですね」


「あぁ、ただ何をしてくるかわからん。一応気をつけろよ」


「まぁ、僕にできることはないと思いますが」



 ふんと、テッドは鼻を鳴らした。



「それで、姉さんからの伝言だ。ある程度、守ってやるけれど、どんないちゃもんつけてくるかわからないから、おまえらも努力しろってさ」


「努力?」


「既成事実だよ。さっさと子供つくって、文句のつかない夫婦になれとさ」



 キャサリンのふんぞり返った姿が目に浮かぶ。



「まぁ、考えておきますよ」


「ははは、せいぜいがんばれよ!」



 そう言って、テッドは踵を返して、家を出た。 後輩騎士が婚活を始めたと聞いて、うろちょろと走り回る先輩騎士の後ろ姿を見送ってから、クリフォードは、小さなため息をつく。



「本当におせっかいな人ですね」



ーーー



キングストン家・・・三大貴族の一つ。建国時に王国と連合を組んだ一族で、後に王国に組み込まれるまで独立した国家であった。そのため、政治に関する発言権は最も強く、伝統的に、主に軍事を取り仕切っている。ただし、近年では、経済的に優位なマッキントッシュ家と拮抗しつつある。暴力を背景とした強引な取引を行うことが多々あり、嫌っている者も多い。

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