第24話 作戦会議 ナイツ編

 イザベルは、王下騎士団の団長である。


 その仕事は、王国に攻めてきた敵国勢力や魔物を撃退することである。


 ちょうど先日、婚活のために、イザベルは休暇をとって、サウスパークにいたわけだが、基本的に、情報の集まりやすいセントラルにいる。


 では、なぜ、イザベルは、またサウスパークにいるのか。


 魔物である。


 王国の南西方面の湖に、ヒュドラが住み着いたと情報が入った。このヒュドラは、南の湿地帯に生息しており、たまに王国の方までやってくる。食欲旺盛しょくよくおうせいで、放っておくと村を襲う。


 そうなる前に、退治しなくてはならない。


 速やかに、ヒュドラ討伐隊が編成され、ここサウスパークに集結した。


 そして、騎士団に復帰したイザベルも、遅ればせながら、ヒュドラ出現を聞きつけ、討伐隊に参加したのだった。


 決して、キャサリンと雑談をするために、サウスパークにやってきたわけではない。

 


「なぜすぐに報告しなかった?」


「申し訳ございません。団長は、それどころではないとうかがっていたもので」



 副団長のアルバート・マッキントッシュが、事務的な口調で述べた。



「確かに休暇を取っていたが、ヒュドラよりも優先することなどないだろ」


「私もそう思いましたが、義姉上あねうえが、団長はヒュドラ討伐よりも重要な任務に従事している、邪魔したら、と言うので、仕方なく」


「あいつ……」



 アルバート副団長は、キャサリンの旦那の弟、つまり義弟である。


 ヒュドラの報告を受けた後、アルバート副団長は、部隊を編成して、ここサウスパークを訪れていた。


 急な編成であるため、矢の騎士団、剣の騎士団を含めた合同部隊となった。先日、サウスパークに剣の騎士団がいたのは、そういう理由だったわけだ。


 さっさと討伐にいけばいいものを、先遣隊の帰還を待って、討伐部隊はサウスパークで足止めをくらっていた。


 その鬱憤うっぷんが溜まっての、あの喧嘩か。いや、まぁ、暴れていい理由にはならないが。



「まぁいい。それで先遣隊は帰ってきたのか?」


「えぇ、昨日戻ってまいりました。先遣隊は、オーロラ湖でヒュドラ一体を確認。大きさは事前報告通りで、ヒュドラ単体での災害規模はA級です」



 王下騎士団では、災害規模を参考に部隊の規模を決める。A級は、都市が壊滅するレベルの危険度で、大隊規模で立ち向かうのがセオリーだが。



「他にも何か懸念が?」


「えぇ。実は事前の報告で、他のモンスターの目撃証言がありまして。その確認に時間を要しました」



 アルバート副団長は、書面を見ながら述べる。



「先遣隊の報告によれば、ホーンアリゲーター、ジャイアントスパイダー、ゴブリンなど、湖周辺に生息していたモンスターの襲撃が多発しているとのことです。おそらく、ヒュドラの到来によって、押し出されたのでしょう」



 なるほど、並べられたモンスターは、いずれも、大したことのない強さだが、数が揃えば脅威となる。



「現状、先遣隊が近隣の村人を避難させています。報告から推測するに、モンスター群は100体近くいるでしょう。そこで、A級ではありますが、三個大隊を編成しています」



 ふむ、と頷いて、イザベルは尋ねる。



「編成はいつ終わる」


「二個大隊は編成が終わっています。残り一個大隊ですが、セントラルからの補充が、明日到着して間もなく終える予定です」


「出発は?」


「既に一個大隊は、B級以下モンスター討伐に向かわせています。残り二個大隊は、二日後に出発予定です」



 いささかのんびりとしたスケジュールのようにイザベルは感じたが、食料や武器の調達、兵の疲労、政治的な手続きを踏まえると、おそらくベターなのだろう。


 そのあたりの準備は、アルバート副団長の方が得意で、イザベルは完全に彼に任せていた。



「で、私はどうすればいい?」


「え? 団長も来るんですか?」


「……行くけど。……貴様、まさか、私を置いていくつもりだったのか!?」


「いや、ご結婚されるということで、そのまま寿退団もあるのかと思ってまして」


「なっ! そんなわけあるか! 退団なんてしないし、置いてきぼりも許さんからな!」


「はいはい、冗談ですよ。団長には、専用の小隊を一つ用意しますので、いつものように好きにしてください」



 あしらうようなアルバートの物言いに、イラっとしつつも、久々の戦場が迫ってきた実感を得られて、イザベルは少し機嫌がよくなった。



「何だ? 指揮をしろとは言わないのか?」


「やりたいんですか?」


「いや」


「はぁ、本来の団長の仕事は全体指揮ですが、イザベル団長がやりたがらないのは知っていますからね。今回は、矢の騎士団の零番隊隊長、ケビン隊長にお願いしました」


「何だ、ハロルド団長じゃないのか?」


「あの人はセントラルで政治です。それに、部隊指揮の素養は、ケビン隊長の方が上ですよ」



 矢の騎士団の団長に辛辣な評価を下すのはアルバート副団長らしい。彼の人を見る目は確かなので、間違いはないのだろうが。


 ちなみにアルバート自身は、軍事的な知識もないし、腕っぷしもあまり強くない。いわゆる、政治的に、マッキントッシュ家の者として、役職を得ている立場である。そういう意味で、初めイザベルは、彼のことを信用していなかったのだが、今では絶大の信頼をおいている。


 むしろ、最近では、アルバートからのイザベルへのあたりがきつくて、困っている。


 そのアルバートは、二つ三つ事務的なことを確認してから、かるく息を吐いて、腰に手を当てた。



「好きにしていいとは言いましたが、新婚なんだから、あまり無理をなさらないでくださいね。もしものことがあったら、旦那様に申し訳が立ちません」


「うむ。気を付けよう」


「まぁ、団長にかぎって、もしものことなど想像もできませんけれど」



 やはり一言多い。

 まぁ、信頼の表れともとれるが。


 打ち合わせを終えて、部屋を出るところで、アルバートは、そういえば、と思い出したように尋ねてきた。



「念のため聞いておきますが、まだ妊娠はされていませんよね? もしも妊娠されていたら、さすがに遠慮していただきたんですが」


「ふん、安心しろ。私はし、


「……あ、そうですか」



 いつも、はきはきとしゃべるアルバートが、珍しく言い淀んでいた。


 なぜだろう。



ーーー



オーロラ湖・・・王国の南西方面にある湖。厳密には、王国の領土ではなく、他国との緩衝地帯となっている。湖とその周りを覆う森に強力なモンスターが生息しているため、どこの国も迂闊に手が出せない。近隣の町からは、湖周りのモンスター駆除の依頼があるが、騎士団を出すだけのメリットがなく、かつ、その隙を他国に突かれることを恐れて放置状態が続いている。ただ、たまにユニコーンが見られるということで、探検家には人気が高い。

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